2008/11/8 土曜日

禅における「魔境」と「自己」について

本日も、月に一度の代々木上原の座禅会に参加した。先月に続いての参加なので二日目だ。

Mさんからの入門者への説明では、禅の種類(凡夫禅、外道禅、小乗禅、大乗禅、最上乗禅〔だったかな?〕の5種類)と、「魔境」に関する話を本日は伺った。

禅における「魔境」と言えば、いろんなものが見えたり聞こえたりすることを指すのは知っていたが、それ以外にも、次のようなことも「魔境」だと聞いて興味深く思った。

・悟りを得た際に「私の得た悟りは広くて深いので、とても一般の人たちに伝えることはできないだろう」と思い、伝えることを諦めようとすること。(釈迦もこの「魔境」を経験したとのこと。)

・ちょっとした悟りを経験しただけで、有頂天になり、「自分はすごい」「他の人たちとは違うのだ」「優れているのだ」などと思うこと。

個人的に、座禅会に参加した後は体の調子が良いようだ。

落ち着いて座ることができてていないなあと思っていたら、今日の午後は、座っている際に丹田に気が収まる感覚が起こって、体が安定してきたので集中しやすくなったように感じた。以前、日常的に座禅をしていた時の感覚が少し戻ってきたようで、うれしく思った。

この会では、老師が「提唱」の際や茶話会などで話をしてくれるのだが、老師の話を聞いていて、特に悟りに関する(非二元の領域の)内容だと、初めは(頭では理解できても)実感を伴って理解することができない、実感が湧かないことが多い。

しかし、茶話会などでリラックスして繰り返し話を聞いている際に、ふと「なるほど、そういうものかもしれないな」と何かが伝わった感覚になる瞬間があるなと思った。

今日は、自分が生まれる前にすでに世界は「整っている」という話や、両親が生まれる前の自分の顔は?という公案の話などが印象的だった。

「『自己』を殺さなければならない(『自己』も幻想だ、ということに気づけということか)」ということに関する老師の説明の中で、「自分の体を『無』に『レンタル』していると思え」という喩(たと)えが出てきたのが面白かった。

老師の説明とは異なってしまうが、「自分の体や生命も『無』(あるいは『空』というほうが適切かも)から『レンタル』しているものであり、寿命がつきたら根源である『無』の世界に返却するもの」と考えたら、なんだか納得がいくなあ、などと、先ほどお風呂に入りながら考えていた。

今日は、老師の話をたくさん聞いたおかげか、帰宅後も「自分も大きな水の流れの一部であり、また水は全体とひとつである」というイメージがじわじわ湧いてきて、続いている感じがする。

座禅は、独学でするのではなく、必ず師(正師〔しょうし、正しい師〕)を見つけて指導を受けつつ行うのが望ましいとも聞いた。

指導を受けることができるいい場が得られそうだ。

せっかくなので、一日の中で座禅をする時間をきちんと取って、日常的に座ることにしてみようと思った。

2008/10/20 月曜日

「3年 師を探せ」

代々木上原で行われている座禅会に、初めて参加した。知人から話を聞いて、以前から興味を持っていのだが、やっと行くことができた。

そこでは、入門する前に合計6時間の説明を受ける。

その説明の中で、Mさんが、禅では「3年 師を探せ」と言うのだと教えてくださった。

人(衆生)の本質は「仏」だが、教えるのは人間である。人間は完璧ではないから、師と弟子の間にも相性がある。合わないと感じたら、ほかの合うところをどうぞ探してください、という話だった。

無理に入門を進めない点には好感を持った。また入門前に12時間の講義を受け、合計3日間通わなければならないシステムについても、なるほどと思った。本当にやる気がない者や興味本位の者は、3日も続かないだろうから、そこでふるいをかけることができるということなのかもしれない。

初日は、午前1時間、午後1時間説明を受けたのだが、そのほかに、皆と一緒に座禅を組んだり、老師(この集まりでの一番の師、指導者の方)の「提唱」を聴かせてもらったりすることができた。「提唱」というのは、禅の公案などについての老師の解釈や考えを、老師が弟子たちに述べることのようだった。

この老師の「提唱」が非常に面白く印象に残った。

「はじめての人は老師の『提唱』を聴いても、おそらくほとんどわかりません。しかし、何度も聴いているうちに、ぼやーっとわかるようになってくるでしょう。」と始めの説明では聞いていたのだが、日頃、ウィルバーの著作等に親しんでいたおかげか、「提唱」の内容で理解できる部分が多くあった。

今回の話は、修行や生活などの実践に関わる話だった。

おおまかに言うと、「頭(トウ。大悟すること、大きな悟り)があっても、尾(ビ。実際の生活)がないといけない。逆に、尾(実際の生活)があっても(きちんとしていても)頭(大悟)がなければ意味がない。頭も尾も揃っていれば、非常に良い結果をもたらすだろう。」というような内容だった。

もとの漢文を読んでもまったくわからない意味がわからないのだが、老師はそれをうまく言葉を補って解釈し、説明してくれた。非常に説得力のある話だった。

原文だけを読んでも、老師が説明してくれたような内容はなかなか導き出せないだろうと思った。

どうしてそのように上手く解釈できるのだろう、と不思議に思っていたら、終了後の夕方の茶話会で、その秘訣を老師が教えてくれた。

「解釈は、すべて私が経験したことに基づいて行っています。」

豊富な経験、実践を重ねてきているから、適切に解釈することができ、わかりやすく説得力のある説明ができるのだろうと思った。

聞きかじったことや、頭で考えただけの知識をもとに解釈しているのではない、という意味だろう。理論だけでなく実践も大切にしている態度、物事を本当に理解するとはどういうことかを真剣にとらえようとしている態度はすばらしいと思った。

私は普段、人に影響を与える仕事をしているのだが、(この老師とは違って)生半可(なまはんか)な知識や受け売りの情報を知ったかぶりをして人に与えてしまっていることがあるのではないかと、わが身を振り返って恥ずかしく思った。

人に影響を与え続けるには(またその資格を持つためには)、「本物」と呼べる知恵と経験を蓄積することが不可欠だろう。売り物にできるような本物の知恵や経験を、私はどれだけ持っているだろうか。

特定の宗教や団体を勧める気はさらさらないが、禅はひとつの体系化された技法であるのだろうと思う。集中力を高め、非二元の意識状態を経験する実践の一つとして、それに取り組む準備のできた人、また実践を続けられる人には有効なものと言えるかもしれない(ただし、それにはその指導者やコミュニティがきちんとしていることが大前提だ)。

3年師を探せ」と言うが、3年も経たないうちに師を見つけられたら、幸運なことかもしれない。

しかし、師に出会えたことは終わりではなくて、単に実践の始まりなのだろうと思った。

2008/10/8 水曜日

「影響力」、「指導力」をつけるために

書棚をながめていたら、『影響力の法則』という本が目についた。

「相手がどういうことを気がかりに思い、何を恐れているのかを把握し、そこにギヴ・アンド・テイクでうまく働きかけると有効だ。」

というような内容が書かれていた本だったのだが、仕事での人間関係を調整するのに役立ちそうだと思ったので、

「この本、暇な時に読んでおくといいよ。」と、だんなに紹介した。

すると、

「(インテグラル理論で述べられているような)相手のレベル(やタイプ)に応じて、どう働きかけるべきかを述べていないと、実践的じゃないのでは…」

と、意見を言ってくれた。
確かにそうだね…。

(発達の各段階、レベルについては、Ken WilberやSusanne Cook-Greuter、Bill Torbertによるものや、「スパイラル・ダイナミクス」理論に詳しく述べられている。古典的なところでは、ピアジェやコールバーグが有名ですね。

Cook-Greuter主催のワークショップや、「スパイラル・ダイナミクス」のワークショップでは、そういうレベル別の交渉術〔相手の段階・レベルに応じてどう関わるのが効果的か〕がおそらく的確に説明されているのだろう。私はまだ残念ながら参加できていないが。)

ちょうど、教育の場で、「さまざまな子どもたちにどう接するのが良いか」ということを、自分なりに明らかにしたいと考えていたところだったので、どう具体化すればよいかについての良いヒントが得られたように思う。

(以前からわかっていたことかも知れないのだが、はっきりと理解したり、行動に移したりできるようになるには、タイミングが必要なこともあるのかも知れないと思う。)

「影響力」は、教育の場では「指導力」につながるだろうか。

2008/7/28 月曜日

体と心から、自分を変える

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先日、ITP(インテグラル・トランスフォーマティブ・プラクティス、変容〔構造的な成長〕のための統合的なトレーニング)の合宿を終えてから、なんだか肉体的も精神的にも調子がいい。

歩く量を増やした。
毎日1時間以上は歩くようにしている。
(今は激しい運動は避けたほうがいい時期なので、有酸素運動は歩くことをメインにすることにした。)
体のいらない脂肪が、これから少し落ちそうな気がする。
少し歩いただけでも、二の腕やお腹の肉付きは変わるね…。

次は、筋力のトレーニングも日常的にやっていきたいな。
そうすれば、もっと脂肪も落ちやすくなって、すっきりするだろうと思う。

ITPを続けてきて、やっと、ボディのトレーニングを前向きにできる態勢ができてきたのかもしれない。
ここにきてやっと、だ。

5月に同居を始め入籍したのだけれど、結婚してしばらく経って、みぞおちの辺りのむかむかした感じが徐々に消えていった。
これは、一緒になったことと関係があるかどうかは定かではない。

でも、大きな自己憐憫にこれまで自分がずっと捉われていたことに気づいたこととは関係がありそうだ。

 自分は駄目だ、今のままでは駄目だ…。

十代の後半から、そんな風に思うことが多かった。
そのことは、つい甘い物などを食べ過ぎるという行動に走ることにすながっていたかもしれない。

そういう気持ち(の、おそらくは一部)を「これはもういらないや」と思って手放すことができたような気がする。

体と心はつながっていて、関連しあっている。
だから、こんな心の変化と、体についての構えも当然関連があるのかもしれない。

ITPから学ばせてもらっていることは多い。

頭で考えるだけでなく、さまざまな(身体、ハート、知性等の)領域の実践」を行い、更にそれらの実践を続けることで、より速く無理なく、成長や統合に向かう変化を促すことができるのだろう。

また、一過性の変化で終わらせるのでなく、その変化をしっかり実感し維持することができるのだろう。

もう少し涼しくなってくると運動もしやすくなってくるが、
9月、10月には、「ILP」(インテグラル・ライフ・プラクティス、これもITPと基本的には同じことです)の「3日間集中ワークショップ」(ILP BASIC)が開催される予定とのこと。

(ITP、ILPについて興味をお持ちの方は、詳しくはこちらをどうぞ。

インテグラル・ジャパン 
http://integraljapan.net/ )

試行期間を経て、日本で初めて本格的にオープンになるワークショップなので、どんな方が参加してくれるか楽しみです。

自分ができていない分野について考えることは、始めは少し嫌なものかもしれないけれど、その分野でのトレーニングに取り組んでみると、その奥にどれだけの喜びが隠されているのかがわかるようになるのかもしれませんね。

個人的には、もう少し脂肪を落として、筋肉質な体になるのが今年の目標です。(といっても、無理しない程度に、ですが)
そして、精神的には、家族・周囲の人や自分の関わる組織、社会の現状を把握した上で、しっかりした目標を持ち、それに向かってきちんと行動を積み重ねていけるようになることが目標かな。

私をご存知の方は、次にお会いした時に、相変わらずぷにょぷにょした体つきをしていたら、たしなめてくださいね!

「ちゃんと筋トレしてる?」とたずねてください。

(「してますよ」と答えられるように、毎朝・晩にやることにしよう。ここに書くと、プレッシャーがかかりますね。笑)

2007/10/21 日曜日

新しいi pod、それからプロセス指向心理学について

新しいi pod classicの160Gのものを買った。(古いのは、先日父にあげたので手元にはない。) 

新しいi podは、Cover Flowという、ジャケットをぱらぱらめくるようにアルバムを選ぶ機能や、メニュー画面の脇にジャケット写真の一部がお洒落にスライドしながら流れる機能が追加されていて、なかなか悪くない。

質感とすっきりとしたデザインも美しい。

確かに、携帯プレーヤーとしては高額だ。しかし、個人が持つすべての音楽データと、さらに動画の一部を持ち運んで手軽に楽しむことができるという点では優れたおもちゃだと思う。

データを移行してさっそく遊んでみるが、一方で、こんなことにお金や時間をかけるよりも、やるべきことがあるのでは、という気持ちも湧いてくる。

―― 

日、プロセス指向心理学を学んでいらっしゃるHさんのお話を聴いた。

Hさんとはmixi上でやり取りを交わしたことがあるが、実際にお会いするのは初めてだった。

プロセス指向心理学では、「視覚・聴覚・身体感覚・運動・対人関係・世界」という6つの「チャンネル」(情報の形)を扱うそうだ。

「世界」として共時性を扱う点は、ユング等の影響かなと思った。

また、本人も気がついていないような身体症状の「シグナル」に着目して扱う点や、複数のチャンネルで共通して現れる「シグナル」を重要視する点は、他の療法では聞いたことがないので面白いと思った。

ミンデルの本で、物理学が用いられている部分は「カテゴリー・エラー」を起こしているのではないかという疑問にも、会の後の食事会で答えてくださったので、すっきりした。

しかし、一番印象に残ったのは、(講義の内容や受け答えではなく)もうすぐプロセスワーカーの資格を取る予定だというHさんの落ち着いた表情と、余分な力の抜けた立ち姿だった。 プロセス指向は、何らかの価値観に基づいて、特定の「よい」状態を目指すのではなく、「プロセスに寄り沿う」ことを目指すそうだ。

私などはまだ、ついつい、自分にも他人にも「こうあるべきだ」とか「早くこうなればいいのに」と特定のゴールイメージを押し付けてしまう傾向があるので、新鮮に感じた。

プロセス指向心理学の創設者のアーノルド・ミンデルの本は1,2冊読んだことがあったので、その「問題も含めて出来事が基本的には個性化に向かっていることを前提とする」姿勢については何となく知ってはいたが、それがどのような状態なのか、いまひとつ想像することができなかった。

だが、今回改めてHさんにお会いして説明を伺って、そのあたりの感覚と姿勢を教えていただいたような気がする。

個人や集団の場の流れを止めることなく進めていくことによる良い効果は、確かにありそうだ。

ただし、ファシリテーターの人格と技量が、ワークの結果に直接、大きな影響を与えそうだと感じた。

Hさんに比べると、私は顔や体の緊張が抜けきっておらず、思考や感情を抑え込んでいる部分があると思った。

翌日、体の余分な力を抜き、他者が表情などの身体や口調から発する微妙な「シグナル」や、自分の身体感覚の「シグナル」を意識するよう心がけてみた。

すると、自分の内面が静かになり、他者との関わり方もスムーズになる感じがした。

普段よりもさらに、自己一致が進み、他者を理解した上での適切な対応が(わずかではあるが)できたように感じた。 

微細なプロセスを丁寧に追っていくことは慣れないと難しそうだ。

しかし、個人が成長するにつれて、感知できるものの「幅」や「量」は確実に増えていくのだろうと思う。

そう考えると、人間は、どんどん受信レンジの変わっていくラジオやテレビのようなものではないか、というイメージがふと浮かんだ。

知できる幅が極端に狭い人と広い人が話をしても、「受信」して得ている情報の幅がまったく違うのだから、話がかみ合わないのは当然かもしれない。

「私」という身体を持った存在を、どれだけ良い音で鳴らし、価値ある本物のイメージを発信することができるか。

それは、自分がどれだけ自分と世界に誠実に寄り沿うことができるか、日々、何を行い、何を考えるかによって決まるのかもしれない。

深まりつつある秋の気配の中で、ふと、そんなことを思った。 

2007/10/16 火曜日

次の「目標」についてのヒントなど

今日も、ある集まりに参加してきた。
たいへん充実した集まりだった。終了後のお茶でも興味深い話を聴くことができた。


次の目標にしたい「あり方」や考え方のヒントを得たような気がする。
今日、そう思った。

素晴らしいと思える方や、いろんな分野で尊敬できる方と日ごろ接することができる環境にいる。
本当にありがたいことだと思う。

ウィルバーの言う、垂直方向への成長と、水平方向への成長、両方の意味・価値を深い意味で理解できるようになりたいと思った。


昨日(もう日付が変わったので「一昨日」)は、川奈にダイビングに行った。
話の合う、博学で多彩な方に運転していただき、行き返りの間も会話を楽ませてもらった。

はじめ、ウェイト調整がうまくできていなかったせいか、ぷかぷか浮いてしまい慌てたが、2本目は比較的リラックスして気持ちよく潜ることができた。
(慌てたり緊張していたりすると空気をたくさん吸ってしまうのだが、)空気の減りも、2本目の方が少なかった。

「(潜ることが)心配じゃなくなったね。」(安心して潜れるようになったね、という意味かな)と言ってもらえた。

私は割と怖がりであり(妙な所で)神経質で、潜ることへの不安感もなかなか払拭できなかった。
しかし、思い返してみると、昨日は始発の電車の中で、次のように自分と対話しながら待ち合わせ場所に向かったのだった。

「潜ることが(必要以上に)怖いと思っていて、何かいいことあるかな?
 --いや、ない。危険を察知することは必要だが、むやみに恐怖を感じても、
        特にメリットはない。
 潜ることへの恐怖感を捨てたら、どんないいことがある?
 --ダイビングを存分に楽しめて、きれいな海中の風景や
        珍しい生物を見ることができる。仲間と交流できる。
 じゃあ、もうそろそろ、怖がらないことを自分に許しても
 いいんじゃない?」

そう言い聞かせてみると、なんだか身体感覚として、思考が腹のあたりまで「落ちてきて」、納得できたような感じがした。

そんなビリーフ(信念)への働きかけもあって、いつもよりさらにリラックスして潜れたのかもしれないと思う。


誰にも教えずに、こっそり書いていた秘密のブログに、先日ある記事を書いた。
その記事が、あるキーワードでgoogle検索すると、何と上から2位にヒットするという。ある方が教えてくださった。

あーん、秘密にしていたのに(そして、つまらないことをたくさん書いていたのに)バレてしまうなあ。(汗)
まあ、しょうがないか。

もう、「王様の耳はロバの耳ー」って(誰かに聞かれたら困るけど、言いたいことを一人で書き散らすことは)できないなあ。
ブログは(特に「はてなダイアリー」はそうかな?)リンクがたくさん張られるから、検索結果の上位に入りやすいのかもしれないね。

恋愛や家族との付き合いなど、親密な人間関係を形成することは、
ある意味、リスキーなことだ。

また、様々な人たちに関わり、その多様性と向き合って
影響しあっていくことは、慣れないと大変なことだ。

どちらも大変だけれど、(準備ができた者にとっては)
大きな可能性と悦びを秘めた学びの場であり、
成長と癒しの源泉であると思う。

まあ、問題解決に手間取ったり、傷つけたり傷つけられたり、
いろいろ危険な目に合う可能性もあるんだろうけどね。

恋愛や家族関係、リーダーシップ等の分野でも、うまく乗り越えていく
ための指標を示したり、互助のためのコミュニティ(エンカウンターグループなど)を作ったりすることができたら、面白いだろうな。

いや、まさにそういうものをこれから創ろうと、仲間たちと考えているのだった。


急に秋が深まり、涼しくなってきました。
秋の味覚を楽しんでくださいね。
あたたかくして、お休みなさい。良い夢を…。

2007/10/7 日曜日

このブログについて

Filed under: インテグラル思想・哲学, つれづれ — admin @ 19:24:12

金木犀が香る季節になりました。

このブログは、Integral Japanのスタッフであり、都内の教育機関に勤めている私、藤井ゆきが日々、感じたことや考えたことについて書いていきたいと思います。(Integral Japan[インテグラル・ジャパン]は、アメリカ人の思想家であるケン・ウィルバーの提唱するインテグラル理論を、普及させ、個人・組織の発展に寄与することを目的に作られた組織です。スタッフとして無給で関与しています。職場には兼職兼業の届出済です。)

個人的に教育について関心があるので、そちらが中心になるかもしれません。また、「食」や人間関係についても強い関心を持っています。

どうぞよろしくお願いします。

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