Integral Japan Mail Magazine Vol.56

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          Integral Japan Mail Magazine
           No. 56 (2012/02/18)
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-----INDEX-------------------------------------------------------
【1】鈴木 規夫のインテグラル・エッセイ「リスク・マネジメントとクライ
シス・マネジメント」
【2】新シリーズ:「インテグラルな人びと」〜第1回 門林 奨さん(1)〜
【3】イベントのご案内(速報)
【4】他団体主催イベントのご案内
【5】編集後記
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皆様、こんにちは。二月も半ばを過ぎ、東京では、三寒四温で少しずつ、少し
ずつ春が近付いている気配を感じます。しかし、「寒」の時には本当に冷え込
みますし、全国的にはまだまだ厳しい気候が続いているところもあるようです
ので、心身にお気をつけてお過ごしください。今号では、弊研究所代表・鈴木
規夫のインテグラル・エッセイと、新シリーズの「インテグラルな人びと」
を中心にお送りします。

【1】鈴木 規夫のインテグラル・エッセイ「リスク・マネジメントとクライ
シス・マネジメント」

東日本大震災の発生後、巷間、「リスク・マネジメント」(risk management)
と「クライシス・マネジメント」(crisis management)ということが注目さ
れている。これらのことばにはさまざまな定義があたえられているが、実はふ
たつは根本的に異なる前提にもとづいた危機対応の思想である。そのことを発
達理論の視点から簡単に解説したいと思う。

*
リスク・マネジメントとは、危機が発生するまえに、それを回避するために様々
な施策を講じるということである。もちろん、そうしたとりくみにもかかわら
ず、実際には危機は発生するのだが、リスク・マネジメントにおいては、そう
した状況にそなえて、そのときに生じる被害を最小に食いとめるための対策が
用意されることになる。

ここで前提とされているのは、世界とは、基本的に、人間が真摯な探求や調査
を積み重ねることをとおして、その構造や仕組を把握することができるのだと
いう信念である。つまり、世界とは人間が理解・制御することができるもので
あると発想するのである。また、そこでは、たとえ危機や事故が発生しても、
そうした状況を想定して危機対応の準備をしておくことで、被害を最小限に抑
えることができると考えられるのである。

いっぽう、クライシス・マネジメントとは、ありとあらゆる調査や研究や準備
にもかかわらず、危機は必ず発生するものであるという前提にもとづく発想で
ある。然も、実際にそうした危機的な状況に至るとき、人間(個人・組織)は
機能不全状態に陥り、その最悪の側面や特徴を露呈させることになると覚悟す
る。つまり、ここで前提とされているのは、世界とは、人間がどれほど研究や
準備をしようとも、完全に把握・制御することができるほどに単純なものでは
ないという発想である。そして、実際に危機が到来するとき、それは、しばし
ば、われわれの想定を凌駕するものとして襲いかかってくるのである。

発達論の視点に照らしていえば、リスク・マネジメントは合理性段階の行動論
理にもとづいた発想であり、クライシス・マネジメントはVision Logic段階の
行動論理にもとづいた発想であるといえるだろう。

リスク・マネジメントとは、結局のところ、人間は世界を完全に理解・操作・
制御できるのだという全能感に立脚した発想であり、そうしたとりくみがこと
ごとく失敗するという可能性にたいして、根本的にところで、目をつぶろうと
する。また、そこでは、危機的な状態に陥ったとき、関係者の中には事前に準
備した諸々の対応策を冷静沈着に実行できるような意識状態が担保されている
だろうという楽観的な観測が温存されている。つまり、そこでは、状況がどれ
ほど緊迫化しようとも、関係者は、いまこの瞬間に自らが享受している精神的
な安定を維持しえているだろうと考えているのである。これは、「意識状態」
(state)というものが実に容易に変化しえることを無視した、あまりにも無
防備な発想である。

クライシス・マネジメントとは、そうした視野狭窄を克服したところに成立す
る発想であるといえる。即ち、合理性段階の思考を特徴づける全能感が虚構に
過ぎないことを認識して、自己の限界を謙虚に受けとめるところから発想をす
るのである。

こうした発想にもとづいていえば、たとえば原子力発電所においては、そもそ
も苛酷事故が発生するのは不可避的なことであり、また、そうした事態を回避
するために、多重の防壁を設けようとも、それらはいずれは突破されるのであ
る。危機や事故は、どれほどの防御策を設置しようとも、最終的には何等かの
かたちで必ずもたらされることになるのである。

Vision Logic段階の視点に立脚するとは、そういうことである。つまり、Vision
Logicとは、人間が構造的に限界を宿した存在であることを認識するところか
ら出発する発想であるといえるのである(そのために、Vision Logic段階は
実存的段階と形容される)。

震災後、マスコミには、危機管理の専門家といわれる人々が数多く登場して、
その知見を披歴したが、彼等の意見を聞きながら、個人的に不満なのは、福島
原発の過酷事故が、実際には、最悪の事態に発展する可能性を秘めたものであっ
たことを真に認識したうえで発言をしている人がほぼ皆無であったということ
である。

たとえば、菅 直人政権の内閣官房参与として事故対応に参加した思想家の田
坂 広志氏が著書(『官邸から見た原発事故の真実:これから始まる真の危機』
光文社新書)の中で述べているように、最悪の場合には、関東一円が退避圏内
にはいる可能性とわれわれは数箇月のあいだ隣り合わせで暮らしていたのであ
る。徹底した情報統制の中でこうした情報は隠蔽されつづけたが――ただし、
インターネット上では原子力資料情報室が、後藤 正志氏や田中 三彦氏を招聘
して、連日懇切丁寧な状況分析を提供しており、その中でこうした「最悪の事
態」がありえることは明確に示されていた――実際には、今回の危機を通じて、
われわれはリスク・マネジメントの発想が通用しない状況の中に置かれていた
のである。あらゆる対応を講じても、制御不可能なところまで事態が悪化する
という状況である。

結局のところ、関係者は、「想定外」ということばを連呼することで、自分た
ちの責任回避を謀り、また、問題の深刻さを過小評価することで、人々の認識
操作に勤しんだわけだが、こうした状況の中で露呈されたのは、われわれが集
合規模で全能感を肥大化させているということであり、また、そのために、人
間が制御できない窮極的な状況を前提とした思考を全くできていないというこ
とである。つまり、「非日常」を前提とした思考をしようとする叡智と耐性が、
治世者層に全く育成されていないことが露呈されたのである。

たしかに、共同体の安全保障の舵取りをするのは、治世者の役割であるが、優
秀な治世者を要求し、そうした人々が排出されるための文化や制度を支持する
のは、全ての人々に化された責任である。そして、まさにそのことにおいて、
われわれが国民として完全に失敗していることを、この震災は完膚無きまでに
露呈させたのである。

発達論的にいえば、日本社会がVision Logic段階の意識を涵養する土壌を完全
に喪失していることが、明らかにされたのである。

*

20世紀とは、合理性段階の驚異的な探求力と創造力にもとづいて、人間が世界
を思いの儘に操作・変革した時代であった。しかし、そうしたとりくみの結果
としてわれわれが創造した文明は、合理性段階の意識ではもはや制御できない
ほどに複雑化・凶暴化している。今回の福島の過酷事故は、そのことを端的に
示す事例といえるだろう。

幸いにも、福島の状況はどうにか安定しているようであるが――ただし、四号
機の使用済核燃料貯蔵施設はいまだに危機的な状態にあるという――同様の深
刻な事故は、今後、今世紀を通じて頻発することになるであろう。こうした時
代に真に必要とされるのは、合理性段階にもとづいたリスク・マネジメントの
思想ではなく、Vision Logic段階の実存的な叡智に根差したクライシス・マネ
ジメントのそれである。あらゆる危機対応の施策が突破されることになる、窮
極的な状況が出現することを覚悟して、その圧倒的な混沌と凄惨を想像として
発想する能力が要求とされるのである。

少なくとも危機対応の専門家には、そうした視点に立脚した発想が必要となる
のは間違いない。

【2】新シリーズ:「インテグラルな人びと」〜第1回 門林 奨さん(1)〜

ケン・ウィルバーの著作の翻訳出版に加え、近年では日本人研究者による著作
が相次いで出版されるなど、インテグラル・アプローチの日本での普及も少し
ずつ進みつつあるように思います。各地でインテグラルな実践に携わる方々も
増えてきました。今号より、そういう実践者の方々、またその活動内容をご紹
介していきたいと思います。今回は、京都でインテグラル理論・実践研究会を
主催しておられる門林 奨さんに誌上インタビューを行いました。

☆誌上Q&A
Q1. インテグラル・アプローチとの出会いは、どういうものでしたか?

A1. はい。私の場合、まず高校の頃に、物理学を中心とする自然科学をもと
にしてこの宇宙の神秘に迫りたいという動機と、自分がいかに生きていくべき
かを体系的に整理・論述したいという動機の2つを抱いていたんですね。

というとなにか生来の思索家のようにみなされてしまうかもしれませんが、中
学の頃まではほとんど何も考えておらず、遊ぶことが究極の関心事だったよう
な子どもでした(ただし内向的な遊びばかりでしたが)。どうしてそんなこと
を考えるようになったかというと、高校のときに、たまたま書店で科学雑誌『
Newton』の宇宙特集を手にして非常に興奮した(あんなに興奮したのは生まれ
て初めてだったかもしれません)のと、知人の知人の死により3000円級の科学
書・哲学書を自由に何冊ももらえる機会を得たこと、そして倫理の授業で買わ
された資料集がとても充実しており読みふけっていたことを挙げることができ
ると思います。

それで、大学に入って1人暮らしを始めると、今まで以上に思索にふけり始め
るわけですが、そこでニーチェなりヴィトゲンシュタインなりニューサイエン
スなり道教仏教といった思想へと雑食的に傾倒するなかで、いろいろなものが
壊れてゆき、根深い不可知論と懐疑論とニヒリズム(そしてそこから派生する
安楽主義的な生き方)のなかへと入りこんでいくことになりました。

そのまま安らかに生きていければよかったのかもしれませんが、幸か不幸か、
さまざまな苦が訪れて、うまくいかなかった。1つは実存的な苦悩、とりわけ
死をめぐる問題ですが、もう1つには、孤立なり失恋なり死別なり、詳しいこ
とは省きますが、ともかく対人関係的な苦悩にも深くさいなまれたというのが
あります。この両者の苦しみがなければインテグラル・アプローチに惹かれる
ことも(少なくともこんなに早くには)なかったでしょうね。

ともあれ、そうしたなかで、岡野守也先生や諸富祥彦先生やラズロ博士の書物
を通してウィルバーという人物を知るわけですが、そこでまず『万物の理論』
を読みました。そして次に『進化の構造』。大学2年のときのことです。この
本が決定的でした。それまで大切にしてきた不可知論や懐疑論をそうやすやす
と捨てるわけにはいきませんから、抵抗を試みるわけですが、誠実に考えよう
とすればするほど、ウィルバーのほうに軍配が上がってゆく。

それで、ウィルバーの本には科学から哲学から心理学から宗教学まで知という
知が何でもかんでも登場するというところがあるかと思いますが、当時の私は、
科学と哲学に関しては多少の見識をもっていたものの、心理学や宗教学に関し
てはほとんど何も知りませんでしたので、そうした「自分にとって全く馴染み
のない分野」に手をつけることにしたんですね。そしてそうした「他領域の学
習」を通して、ますますウィルバーの思想そしてインテグラル・アプローチに
惹きつけられていったというわけです。

私が他でもないインテグラル・アプローチにとくに傾倒している理由は、まさ
にそこにあると思います。「互いに全く相容れないような多くの分野や、自分
がそれまで敬遠してきた分野について学べば学ぶほど、インテグラル・アプロー
チがもっとも妥当で信頼に値するものに思えてくる」ということ。ふつう、多
くのことを知れば知るほど、今まで自分が傾倒してきた思想や理論が一面的な
ものであったことに気づかされるということが多いかと思いますが、このイン
テグラル・アプローチにはなぜかその逆の傾向がある。そこから逃れようと思っ
て別のことを知れば知るほど、そこに惹きつけられてゆく。

そのあたりの4年間がまた暑苦しい内容に満ちているのですが(笑)、今回の
質問は「出会い」ということなので、ここでとどめさせていただきたいと思い
ます。

Q2. どういうきっかけで、自分で研究会を主催してみようと思われたのです
か?

A2. そうですね、当時、関東ではケン・ウィルバー研究会が開催されていま
したが、関西圏ではウィルバーやインテグラル思想に関するコミュニティが全
くありませんでしたので、関西でもそうした場をつくりたいなとは思っていま
した。

1人で立ち上げる自信がなかったのですが、インターネットを通して、インテ
グラル思想に興味をもつ同年代の人物を関西圏で奇跡的に見つけ、その彼に励
まされるようなかたちで、研究会を主催することになりました。さいあく3人
集まればいいかと思っていたのですが、10人もの方がいらっしゃったので、嬉
しさとともに、とても驚きましたね(以下、次号に続く)。

☆門林さんのご活動の詳細についてはこちらまで:
ブログ:http://beyonddescription.blog57.fc2.com/
mixiコミュニティ:http://mixi.jp/view_community.pl?id=5112305

【3】イベントのご案内(速報)
*2012年 インテグラル・ジャパン ワークショップ 発達段階測定基
礎トレーニングは、ご好評により定員に到達しましたので申込を締め切らせて
いただきました。どうもありがとうございました。

*久しぶりにケン・ウィルバー研究会を開催します。4月21日(土)13:00〜
16:00(アトリエ・イフにて)で開催の予定です。内容・詳細決定次第、下
記ブログにてお知らせいたします。
http://blog.integraljapan.net/

【4】他団体主催イベントのご案内
*弊研究所代表・鈴木 規夫が登壇します!:第5回フロー・シンポジウム
「時代の変化に合わせた新しい組織づくり」
[日時]2012年3月17日(土)13:00〜18:00 (12:30開場)
[場所]東京体育館 第1会議室
http://www.tef.or.jp/tmg/access/access.html
JR中央線(普通)・総武線「千駄ヶ谷」下車徒歩1分
都営地下鉄大江戸線「国立競技場」A4出口
[主催]フロー・インスティテュート
[参加費]15,000円(事前銀行振込)
[定員]100名
[講師]小森谷 浩志、中土井 僚、鈴木 規夫、天外 伺朗
・詳細・お申込みはこちらまで

*京都インテグラル研究会(インテグラル理論・実践研究会)
[日時]:2012年2月25日(土)13:30-17:00
[場所]京都会館 第5会議室
[主催]門林 奨(かどばやし しょう)(京都大学大学院教育学研究科)
[参加費用]500円
[定員]20名
*詳細については、【2】でご紹介した門林さんのブログ、mixiコミュニティ
をご覧ください。

【5】 編集後記

新シリーズ「インテグラルな人びと」いかがでしたでしょうか? (まだ前半
のみの掲載なのですが)。「インテグラルな人びと」と言えば、まず弊研究所
のメンバーたち、中でも代表の鈴木をご紹介すべきなのでしょうが、鈴木につ
きましては日本メンタルサービス研究所様により行われたこちらのインタビュー
(http://www.jcounselor.net/11interview/archives/2011/03/5614.html)
が充実しておりますのでご参照いただければと思います。インテグラル理論の
非常に基礎的な部分についても分かりやすく解説されており、これからインテ
グラル理論に触れてみたいという方には是非一読をお勧めしたいインタビュー
です。また、時期を見て、インテグラル・ジャパンのメンバーにも改めてイン
タビューを試みたいと思っています(千葉)。

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*本メールマガジンの送付先アドレスの変更、及び、配信不要の方は、
inquiry@integraljapan.netまでご連絡ください。

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インテグラル・ジャパン・メールマガジン No. 56
配信日:2012年2月18日
発 行:インテグラル・ジャパン総合研究所
http://www.integraljapan.net/
発行人:鈴木 規夫
編 集:千葉 絵里

*無断複製・転載を禁止します
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