Integral Japan Mail Magazine Vol.50

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【再送】 Integral Japan Mail Magazine
No. 50 (2011/06/09)
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【1】開催案内:インテグラル・コーチング基礎講座II――ヴィジョン・ロジッ
ク・マインド――
【2】インテグラル理論基礎講座講義録より〜「発達の本質とは何か」(下)
【3】鈴木 規夫のインテグラル・エッセイ「危機の時代の教育とは」
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本日、お送りしたメールマガジンに一部不備がありました(インテグラル・
エッセイの最後の段落が欠落しておりました)。大変申し訳ありません。今回
配信のものが完全版となります。お手数おかけしますが、差し替えて下さいま
すよう、お願い申し上げます。
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皆様、こんにちは。今号では、震災の影響で配信が遅れておりましたインテグ
ラル理論基礎講座講義録「発達の本質とは何か」の後半と、弊社代表・鈴木
規夫のインテグラル・エッセイ「危機の時代の教育とは」をお送りします。

【1】開催案内:インテグラル・コーチング基礎講座II――ヴィジョン・ロジッ
ク・マインド――

今月下旬に予定されている、弊社代表・鈴木 規夫の初の単独著書『インテグ
ラル・シンキング』の刊行を記念し、書籍の内容に即して「インテグラル・
コーチング基礎講座II――ヴィジョン・ロジック・マインド――」を開催いた
します。昨年11月から今年1月にかけて開催された「インテグラル・コーチン
グ基礎講座――発達段階測定」とは別内容となっておりますので、「発達段階
測定」をご受講いただいた方も受講可能です。ふるってご参加ください。

<開催案内>
インテグラル・コーチング基礎講座II――ヴィジョン・ロジック・マインド――
開催日時:2011年6月19日(日)、7月18日(月祝)、8月21日(日)、いずれ
も13:30〜17:00
開催場所:アトリエ・イフ・シーエイティー(自由が丘)
講師:鈴木 規夫
受講料:45,000円(全3回分まとめてのお申し込みのみになります)

*講師からのメッセージ
インテグラル・コーチングは、統合的な枠組みにもとづいて、人間の能力を効
果的に開発するための方法です。インテグラル・コーチングには多様な要素が
ふくまれますが、その重要な基盤となるのが「ビジョン・ロジック」といわれ
る発想法(思考法)です。今日の複雑化する世界の中でわれわれが経験するこ
とになる課題や問題を真に効果的に解決していくためには、不可欠のものとな
ります。

危機や困難のただなかにあるクライアントを支援するにあたって、とりわけ重
要となるのは、クライアントが生まれながらに備えている知性や能力を活性化
する ことです。ビジョン・ロジック思考は、こうした知性や能力を見極めて、
それらを総合的に活用していくことを可能としてくれます。今回のワークショッ
プで は、クライアントの生得的な能力を活性化するための基礎的な能力を習
得することに焦点を絞ります。

*留意事項
この講座は、インテグラル理論を実際の人間関係や業務環境の中で活用してい
くための実践的な方法を習得するためのものです。従いまして、参加者の方々
には、事前にインテグラル理論の基礎を習得していただいていることが重要と
なります。また、その実践的な性格上、参加者の方々には、講座で習得したい
ただいた知識や技法を倫理的に利用していただくことが重要となります。
*詳細・お申し込み:http://integraljapan.net/info/seminar2011_coaching.htm

【2】インテグラル理論基礎講座講義録より〜「発達の本質とは何か」(下)

(メールマガジン第46号より続く)

先ず、「発達って何?」ということですが、これは非常にシンプルです。

(アイデンティティの)輪の中に入っているものが傷つくときに、私たちは痛
みを感じます。だから、自我というのは痛みを感じるメカニズムなんです。痛
みが生じたときには、僕らは(自分を)守ろうとします。例えば、酒屋なんか
でよく巨人ファンと阪神ファンが話し合ったら、彼らは多分、自分のチームを
批判されたら痛みが走るわけですよ。で、「この野郎」と思って喧嘩になるわ
けです。だから、我々は、痛みを感じるときに(自分を)守ろうとします。あ
るいは攻撃したりします。と言う風に、人間にとっては、アイデンティティ、
自我というのは防衛のメカニズムなんですね。

ただし、これは必ずしも悪いことではないのです。いうのは、自己を防衛しよ
うとするメカニズムから完全に自由になって生きるということは、この時空間
の中に生きているかぎり、難しい。それはまずできないことだと思います。実
際のところ、「悟り」をひらいても、人間としての基本的な防衛機構が完全に
消滅するということは想像できません。僕らは何かを防衛しながら生きること
を宿命づけられているのだと思います。

ただし、より広い世界を自分の中に抱擁することができるようになることによ
り、よりたくさんのものを大切にすることができるようになるということでも
あります。解りやすくいえば、自分の子供も大切だけれど、他人の子供も大切
に思えるようになれるということです。アイデンティティの中にいろいろなも
のを容れることができるようになることで、私たちの愛の可能性というのは、
ひろがっていくのです。

ただし、愛と痛みというのは裏腹な関係にあるものです。無関心なものが傷つ
いても、痛みを覚えることはないけれど、大切にしているものが傷つけば、痛
みを覚える。つまり、愛の可能性をひろげることは、とりもなおさず、痛みや
苦しみの可能性をひろげるということでもあるのです。

こうしたこともあり、ウィルバーは「発達というのは楽になることではないで
すよ」と言います。フロイトやユングも同じようなことを指摘しています。発
達というのは、より多くの苦しみや悲しみを背負い込むことにもなるというこ
とだと。

だから、単純に「われわれは発達するべきだ」とか「発達することはいいこと
だ」とかいうような、「発達 = 善」とする発想は間違いなのです。発達をす
るとは、それまでよりもたくさんのものを背負いこむことでもあります。たと
えば、ユングの著作を読むと、発達(「個性化」)というものが、茨の道であ
ることをくりかえして強調しています。

もちろん、発達することをとおして、真に共感的に認識したり、尊重したりで
きる対象の幅は増えていきます。必然的に、私たちの世界との出逢いや対話の
ありかたもより豊かになります(2011年1月22日・インテグラル理論基礎講座
第1日、講師:鈴木 規夫、アトリエ・イフにて収録)。

【3】鈴木 規夫のインテグラル・エッセイ「危機の時代の教育とは」

今年3月11日に発生した東日本大震災はわれわれ日本人に実にたくさんの気づ
きと教訓をあたえてくれました。日常の空間が瞬時に消失して、世界がその圧
倒的な凶暴性と残酷性を露わにする非日常の空間が出現するとき、われわれは
あらためて生に対する自らの意志を確認することを求められます。それは、自
己と世界に対する自らの信頼を問い直す懐疑と探求のときであり、また、人生
に対する自らのアプローチを根源的に再構築するときであるといえます。

TVや新聞等のメインストリームのメディアを眺めているだけでは、こうした根
源的な変容が起きているとはにわかに思えませんが、Twitterをはじめとする
オルタナティヴ・メディアにおける人々の発言を観察すると、そこには――い
まだ脆弱ではあるものの――意識の変容が確実に胎動しているのを認めること
ができます。その意味では、今回の大震災を契機として、日本人の意識の中に
は、これから幕開けることになる「危機の時代」に向けた重要な変化が芽生え
はじめているのかもしれません。

もちろん、この瞬間も福島第一原子力発電所においては、歴史上最悪の過酷事
故が展開しており、広範囲に渡る深刻な放射能汚染が進展していることを考慮
すると、この震災はいまだ現在進行形のものだといえます。また、石橋 克彦
博士の指摘するように、今、日本が巨大地震の頻発する「大地動乱の時代」の
ただなかにあることを思い出せば、これからも、われわれは数多くの地震とそ
れに伴う原発震災に確実に直面することになるでしょう。

周知のように、日本には50基を超える商業用の原子炉が稼働しており、その大
多数が地震多発地帯に設置されています。また、それらの施設の安全性が悉く
恣意的に捏造されたものであることを考慮すると――そもそも地震大国である
日本において、原子力発電所の安全性を確保することは実質的に不可能なこと
なのですが――今後の大震災において今回の福島の事故を上回る過酷事故が発
生する確率は非常に高いと言われています。その意味では、われわれの危機は
いまだその端緒に着いたばかりなのかもしれません。

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多数の研究者により、21世紀が「危機の時代」となることが指摘されています
(一般向けの参考資料としてはWorld Watch Institute『地球白書』が参照に
なります)。天然資源の枯渇・気候変動・生態系の崩壊等、人類の生存そのも
のが未曾有の脅威にさらされることになるのです。

実際、諸々の経済誌を眺めれば明らかなように、刻々と悪化する状況の中で各
国は熾烈な資源争奪戦を展開しています。とりわけ、化石燃料をめぐる争奪戦
は、世界各地の巨大油田が枯渇局面を迎えるなかで、熾烈化しています。また、
身近なところでは、先日の尖閣諸島問題に端的に見られるように、隣国の中国
は、日本近海の豊饒な海底資源を狙って、非常に獰猛な軍備増強と領土拡張を
推進しており、極東地域に極度の緊張状態を生み出しています。

こうした内外の状況を俯瞰すると、正直なところ、日本には今世紀を生き伸び
るための可能性は残されているのだろうか……と暗然たる気持ちになります。

たとえ日本が放射能汚染のために自滅するのを回避することができたとしても、
周囲には未曾有の危機が散在しており、日本を存亡の危機にさらしつづけてい
ます。くわえて、それらの危機は、これまでの人類の進化の歴史を特徴づけて
いた量的な成長と膨張を実現するためのパラダイムでは解決できない種類のも
のです。むしろ、急速に惑星の有限性が顕在化している今日の状況を鑑みれば、
文明としての総体的な資源消費を積極的に減らすことが必須となることは間違
いありません。

思想家のケン・ウィルバーが説明するように、「進化」(evolution)とは、
これまでに蓄積されてきた知恵と技術を継承しつつも、それらを高次の文脈の
中に統合するプロセスであるといえます。それは、既存の行動論理をどれほど
健全に発揮しても、その構造的な限界のために、それが状況を悪化させること
にしかならないという状況に直面するときに発生するイベントであるといえま
す。われわれにつきつけられているのは、これまでに「善」として擁護されて
きた文明としての中心的な価値観そのものを拒絶することが要求されるほどの
特異な状況であるといえるのです。

こうした状況の中でわれわれに必要とされているのは、果たしてどのような「
能力」なのでしょうか? また、そうした能力を獲得するために必要とされる教
育とは、果たしてどのようなものなのでしょうか?

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今回の大震災における日本のリーダーの思考と行動を前にして、個人的に愕然
としたのは、社会が存亡の危機と直面している事実に対する認識が、彼等の中
であまりにも希薄であるということでした。自らの目のまえで、これまでの日
常を規定していた平穏と秩序が溶解して、社会の持続可能性そのものを脅かす
「非日常」が出現しているということを十全に認識できない感覚麻痺と視野狭
窄が治世者の中に蔓延していることを歴然と見せつけられたのです。これから
到来することになるであろう数々の危機を展望すると、われわれが自らの生命
を託している治世者達がこれほどまでに無能であることに、心底からの恐怖と
怒りを覚えずにはおれません。

これまでにわたしは主に人間の意識の発達について研究をしてきましたが、そ
の観点にもとづいていえば、今、われわれ日本人は、紛れもなく危機の時代を
舵取りするために必要とされる人材を育成することに失敗しています。今、わ
れわれが輩出している「エリート」とは、結局のところ、あくまでも平穏な日
常が維持されているという文脈の中で、既存の社会制度を効率的に運用するこ
とのできる「作業員」(operator)でしかないのです。そこには、そうした日
常を支えている基本条件の本質を注視する視点が無いために、そうした条件が
消失するときに備えようとする意志と創造性と醒めが欠如しています。

歴史学者の中西 輝政氏が述べるように、真のエリートの責務とは、平穏な日
常が刹那のものであることを悲観的に意識しつづけることだといえます。確か
に、今日の日本にも「リーダー」を自認する数多くの有為の人材が存在してい
ますが、残念ながら、その大多数は、同時代において前提として共有されてい
る価値観を無批判に受容したうえで、諸々の神話や物語をつむぐイデオローグ
に過ぎません。そこには、日常の彼方を見据えるまなざしが無いのです。つま
り、そこには、繁栄の最中において、衰退と再生の可能性を見据えつづける「
死」に根差した感性が全く育まれていないのです。そして、正にそれゆえに、
死を通過することにより、はじめて明確となる再生にむけた道程をいつまでも
思い描くことができないのです。

その意味では、今日の日本の衰退の要因のひとつは、死と真に対峙して、それ
を抱擁することのできる治世者を育成することに徹底的に失敗していることに
あるといえそうです。皮肉にも、死を拒絶することが、逆に死を招来すること
になっているのです。

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日本政府の危機管理能力の弱さは、これまでにもつとに指摘されていたところ
ですが、東日本大震災における――とりわけ、福島第一原子力発電所の事故対
応における――数々の失策は正に犯罪的といえるものです。今日まで延々とつ
づく情報隠蔽、被曝地域の住人の生命を徹底的に侮蔑する退避処置、そして、
連動型地震の発生が危惧されるなかで、何等抜本的な対策が講じられることな
く稼働されつづける無数の原子力発電所……。

しかし、ここで重要なことは、これらの対応が悉く「成長」という価値観を死
守するというコミットメントにもとづいたものであるということです。経済成
長を実現するためには、放射能被害は存在しないことにしなければならないの
であり、原子力発電所は安全なものであることにしなければならないのです。
そのためには、情報の透明性も子供達の生命も生活環境の健全性も、全ては犠
牲にされて然るべきものなのです。

犯罪心理学者のロバート・ジェイ・リフトンが洞察するように、こうした狂信
的な暴力とは、自らの信奉する価値観への完全なる帰依にもとづいて行われる
ものです。そして、そうした帰依とは、本質的には、自らの信奉する価値観の
妥当性が溶解したときに生まれるであろう恐怖と不安を回避しようとする逃避
と抑圧の衝動にもとづいたものなのです。

今、われわれはこうした逃避と抑圧の循環を断ち切ることのできる知性を必要
としています。そうした知性とは、死を受容することのできる成熟した耐久性
と悲観性をそなえた意識構造に基因するものにほかなりません。そして、それ
は、人類の文明を、慢性的な肥大化の迷路から解放して、この有限の惑星の中
に着地させる知性なのです。

今後のトランスパーソナル・ムーヴメントの責務とは、こうした時代的な要請
に応えるべきものである必要があるでしょう(日本トランスパーソナル学会
Newsletter7月号に掲載予定)。

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インテグラル・ジャパン・メールマガジン No. 50(再送)
配信日:2011年06月09日
発 行:インテグラル・ジャパン株式会社
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発行人:鈴木 規夫
編 集:千葉 絵里

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