『インテグラル理論:多様で複雑な世界を読み解く新次元の成長モデル』 
翻訳書紹介

門林 奨

 

本書は、ウィルバー自身による「インテグラル理論」への入門書の一冊です。

トランスパーソナル心理学に関心をお持ちの方なら、人間の心や内面のことにはある程度通じておられることが多いだろうと思います。自分自身の内面的な成熟、周りの人たちとの関わり、調和のとれた生き方などについて、探究や実践や試行錯誤を重ねている方も多いことでしょう。

そうしたなかで、あえて「インテグラル理論」を学ぶことの意義は何か。

さまざまな考え方があると思いますが、私が1つ強調しておきたいのは、自分の中にあるもっと多くの声、そして他者や世界の中にあるもっと多くの声を、今までよりも適切に尊重――そして適切に批判――できるようになるということです。

今の自分から見えている世界というのも、個人の内面的発達という文脈のなかで、あるいは、人類の集合的歴史という文脈のなかで捉えなおすと、それほど絶対的なものではないかもしれません。

実際、それほど絶対的なものではありませんが、そこから単に「結局、自分が依拠している世界観の中で、各人が自分の信じるものを追求するしかないんだ」と居直るのではなく、代わりに、多種多様な世界観どうしの相互関係、さらには世界観そのものの自己変容的なパターン("発達段階")を探求し、そこに未来の可能性を見出していくこと。こうした点にこそ、インテグラル理論の1つの革新的な意義があると言えるでしょう。

そして何より、このようにして多種多様な世界観を結び合わせることで、私たちは、自分や他者や世界の中にあるもっと多くの「声」に対して、もっと正当な役割を与えてあげられるようになります。これまでは単に無視してきた声、単に否定してきた声に対して、もっと共感的に、もっと深い知恵をもって、接することができるようになるのです。


もっとも、ウィルバーは、そうした「声」のことを、「オレンジ」や「ブルー」や「右下象限」や「コミュニオン」といったインテグラル理論の言葉遣いで語ることが多いですが、本書ではそうした用語についても丁寧に説明されているので、「ウィルバー一冊目」としても適した本であると言えます。

ウィルバーの著作は、書籍によって印象がかなり異なることもありますが、特に本書は、上述したような「自分や他者や世界の中にあるもっと多様な声に耳を傾ける」という観点からも読み進められる書籍であり、近年のウィルバー思想(あるいはインテグラル理論)への硬すぎず軟らかすぎない入門書として、是非とも多くの人に手にとっていただきたい本だと思っています。

また現在、ウィルバーの訳書は入手困難になっているものも多く、「昔のウィルバーはよく知っているけれど、最近のウィルバーが何を言っているのかはよく知らない」という方にも、お読みいただくと「最近のウィルバー」がよく分かるのではないかと思います。

なお、注意点として、本書は、ウィルバーの全く新しい著作の訳書というわけではなく、以前に『万物の理論』として邦訳出版されていた著作の新訳版となっています。しかし今回の訳書は、日本語として読みやすく、かつ、原文の微妙な意味合いも伝わる文章になることを重視して、一から全面的に訳し改めたものであり、さらに、旧訳版にはない複数の図表や多数の訳注、監訳者による序文と解説(と私の訳者あとがき)も追加されています。そのため、旧訳版を読んだことのある方にも、原著を読める方にも、新たな気づきや発見をしていただける本になったのではないかと思っており、「創造的復習」のつもりでご一読いただけましたら幸いです。

 

<本書目次>

第1章:私たちはどこへ向かっているのか〜現代の発達心理学の視点より〜
第2章:発達とは何か〜自己愛とケア――発達の本質と現代社会の病〜
第3章:インテグラル理論とは何か〜統合的ヴィジョンの概要〜
第4章:宗教をどう考えるか〜「瞑想の科学」としてのスピリチュアリティ〜
第5章:インテグラル理論を活用する〜現実世界への応用――ビジネス、医療、政治、教育など〜
第6章:多種多様な世界観を結び合わせる〜世界観のメタ分析〜
第7章:自分自身を変容させる〜統合的実践を始めるために〜

<略歴>

門林 奨(かどばやし しょう)
1988年生まれ、大阪府堺市出身。京都大学理学部卒(地球物理学)、同大学院教育学研究科修士課程修了(臨床教育学)。学生時代、関西でウィルバーとインテグラル理論に関する研究会を主催し、様々な職業や境遇の人と交流する。卒業後、京都市内の高校で数学及び物理の教員として3年間勤務するが、自分の目指す理想を共有するための日本語の情報源がほとんどないことに直面し、離職。
現在はインテグラル理論や発達理論の分野を中心に、英語文献の翻訳を行っている。
翻訳論文に「自我の発達:包容力を増してゆく9つの段階」(日本トランスパーソナル学会)。