ワールド・シフト研究会 配布資料

鈴木 規夫

インテグラル思想とワールド・シフト

第1部
インテグラル理論の概要
統合的な思考と実践のための枠組み

21世紀において、わたしたちが研究者・実践者として直面する最大の課題とは、情報が欠如していることではなく、情報が氾濫していることだといわれます。とりわけ、インターネットをはじめとする電子情報網の爆発的な発展以降、人々は、次々と手許に届けられてくる新たな情報を迅速に、正確に咀嚼すること要求されています。ひとつひとつの情報を全体性の中に位置づけ、それぞれが相互にどのように関連しているのかを把握する必要があるのです。とりわけ、わたしたちは、実践者(治療者・支援者)として、最新の調査・研究の成果に注意を払いながら、刻々と変化する現場のなかで、それらを自らの実践に活かしていくための高度の応用力を必要とされています。その意味では、膨大な情報の奔流の中にありながら、そこで麻痺することなく、逆にそれを自らの洞察と実践の質を高めていくための資源(リソース)として利用できる咀嚼力と統合力が必要とされるのです。

質問:わたしたちは日々膨大な量の情報を吸収することを要求されています。それぞれの情報は、しばしば、相互に関係のない断片的なものに見えることもあり、わたしたちはそれらをどう整理していいか困惑してしまいます。あなたはこうした情報の過剰にどのように対処していますか?

統合的方法論的多元主義
(Integral Methodological Pluralism)

この世界(内的世界・外的世界)をとらえるための方法には無数のものがあります。「思想」「理論」「方法」といわれるものは、ひとつの「体系(システム)」として、独自の視点にもとづいて世界の真実を明らかにしてくれます。しかし、同時に、それらの「体系」は、また、独自の盲点を生みだしてしまうことにもなります。つまり、窮極的には、あらゆる「体系(システム)」は独自の真実と盲点を内包しているのです。重要なことは、それらのうちどれが正しいのかを問うことではなく、それらがどのような真実を開示するのか、そして、どのような真実を隠蔽するのかを把握する「体系を体系化する体系(メタシステム)」を持つことなのです。そのための道具として、思想家ケン・ウィルバー(Ken Wilber)は、古今東西の人類の知的遺産を精査したうえで、下記のような道具(概念)を呈示しています。

AQAL(All Quadrants, All Levels)

1. 四象限・四領域(Four Quadrants)

これらは、人類が文化の壁を越えて共有しているもっとも普遍的な認識のカテゴリーです。各領域は、一般的には、「一人称の領域」(I)、「二人称の領域」(We)、「三人称の領域」(It/s)といわれています。各領域は、「美」(authenticity)・「善」(fairness)・「真」(truthfulness)という、独自の「妥当性の基準」(validity claim)と価値をそなえています。
それぞれの領域を探求するときに、わたしたちは、各領域を特徴付ける価値を把握する必要があります。これを怠るとき、しばしば、わたしたちは、"Category Error"といわれる混同をひきおこすことになります。
今日、これらの領域は、相互に有機的に関連することなく、分離しています(例:「質」と「量」の乖離)。また、「量化の思想」の興隆の結果として、「量」が「質」を駆逐するという現象が生みだされてしまっています("Flatland")。こうして世界が断片化した状況において、今、あらためてそれをつなぎあわせるための鳥瞰図・俯瞰図が必要とされているのです。

質問:四領域図を利用して、現在、あなたが実際に直面している課題や問題を分析してみましょう。また、その課題・問題を効果的に解決していくためには、どのような方法を統合することができますか?

2. 意識の段階

視点の多様性を認識するとは、単に水平的な多様性を認識するだけでなく、それらが異なる意識構造("meaning-making structure" - Robert Kegan)に支えられていることを認識することを意味します。即ち、それぞれの視点は、異なる複雑性にもとづいているのです(「水平的多様性」と「垂直的多様性」)。
認知心理学者のハワード・ガードナー(Howard Gardner)は、人間の意識構造の発達(「個性化」)とは自己中心性が減少する形で展開するものであるという指摘をしています。つまり、意識の発達とは、自身の視点への囚われから解放され、世界に存在する他者の視点を留意・尊重することができるようになる「意識の包容力」が高まる過程であると説明されるのです。

発達心理学者は、人間の意識が大別して前慣習的(pre-conventional)→慣習的(conventional)→後慣習的(post-conventional)という段階を経て発達していくと説明しています。このことは、たとえば、Jean Piaget(認知)・Lawrence Kohlberg(倫理)・Carl Gilligan(倫理)・James Fowler(信仰)・Jane Loevinger(自己認識)・Robert Kegan(意味)・Susanne Cook-Greuter(認知)・Abraham Maslow(欲求)・Clare Graves(価値)をはじめとする多数の発達心理学者が、その表層的な差異を超えて、共通して主張していることでもあります。
認知主体の意識構造が変化(進化・深化)するにしたがい、その意識に映じる現実(リアリティ)も自ずと変化していきます。たとえば、前慣習的段階と慣習的段階と後慣習的段階では、意識することのできる「視点」(パースペクティブ)の数が異なります。そのために、各段階で「構築」(enact)される世界の複雑性が異なるのです。
そして、重要なことは、それらの内のひとつが世界をありのままに認識しており、また、それ以外は世界を歪曲して認識しているということではなく、「認識」(cognition)という行為そのものが世界を独自の仕方で構築するということなのです。また、意識構造のほかに、意識状態の変化も大きな影響を及ぼすことになります(c.f., Charles Tart's state-specific science)。

その意味では、人類がこれまでに蓄積してきた多様な思想や理論や方法とは、異なる発達段階を背景にして確立され、洗練されてきたといえます。それぞれは、独自の仕方で世界を構築・認識し、そして、探求・解釈するのです。
統合的な枠組み(インテグラル・フレイムワーク)をとおして、多様な方法論を統合的に活用しようとするとき、わたしたちは、世界に存在する異なる複雑性の段階――垂直的多様性――に着目して、各段階の特徴となる叡智と限界を認識できる必要があります。たとえば、問題が複雑なものであるとき、そこでわたしたちが採用する方法がその複雑性に対処しきれないものであれば、それは往々にして問題を単純化して解釈することにつながり、結果として、問題を悪化させてしまうことになります。

質問:現在、環境問題をはじめとする非常に複雑な問題にアプローチするうえで、システム思考の重要性が強調されています。そこでは、「原因→結果」という単純な一対一の関係が成立しない現象をより正確に把握するための重要な発想であるといわれます。こうしたシステム論的な探求ができるようになるためには、わたしたちは探求者としてどのような感性や思考力をそなえている必要がありますか? また、そうしたことが自然にできるようになるためには――日常の意識活動の自然な一部となるためには――どの発達段階を確立している必要がありますか?

3. メタ認知能力の成長について(「学際的」であることについて)

Harvard University Graduate School of EducationのZachary Steinは、「学際的」(interdisciplinary)であるということについて興味深い分析をしています(URL: http://devtestservice.org/PDF/Stein_Connell_Gardner_JOPE.pdf)。Steinは、わたしたちが研究者・実践者として統合的に成長していくためには、大別して下記のような段階を踏んでいく必要があると主張します。

  1. ひとつの方法論にもとづいて世界を探求するということが具体的にどういうことなのかを理解する段階(「専門性の確立」)
  2. 特定の象限内に存在する複数の方法論を統合する段階
  3. 複数の象限の洞察や情報や方法を関連づける段階
  4. 四象限全てを視野に収めて、各象限の洞察や情報や方法を統合する段階

いうまでもなく、メタ意識そのものは全ての段階に息づいている必要があります。しかし、実際に、専門的な研究者・実践者として、真に統合的な行動をできる能力を発揮できるようになるためには、上記のような段階を踏んでいく必要があるというのが実際のところでしょう。

質問:現在、上記の発達過程のどのあたりにいると思いますか? また、今後、さらなる成長を実現していくためには、どのような機会(支援と挑戦)が必要とされると思いますか?

第2部
討議

質問1:現在、わたしたちは「危機の時代」に生きているといわれます。そして、人類が文明として、及び、生物種として自らの持続可能性を実現するためには、大きな改革や変化を実現する必要があるといわれます("world shift")。四領域図を利用して、現在、わたしたちが直面している危機を簡単に整理してみてください。

*各領域にはどのような危機が存在しているのでしょうか?
*それぞれの領域の危機は相互にどのように関連しているのでしょうか?

質問2:危機の克服のためには、どのような戦略にもとづいて行動していく必要がありますか?

*各領域の課題に対処するために、どのような方法が必要となるでしょうか?
*どの領域に対する対応がもっとも効果的でしょうか?
*どの領域にたいする対応がもっとも現実的(フィージブル)でしょうか?

質問3:各領域には、変革や変化を回避しようとする独自の「防衛」が働くことになります(尚、左側領域と右側領域では、「無意識」の質が異なります)。それはどのようなものでしょうか? また、それぞれの防衛に対応するためのものとして、どのような方法がありますか?

質問4:それらの対応策を実際に実施していくために必要とされる発達段階(あるいは、能力や意識)とはどのようなものでしょうか?

 

参考資料

ケン・ウィルバー『進化の構造』(春秋社)(Sex, Ecology, Spirituality)
ケン・ウィルバー『万物の歴史』(春秋社)(Brief History of Everything)
ケン・ウィルバー『実践 インテグラル・ライフ』(春秋社)(Integral Life Practice)
鈴木 規夫他『インテグラル理論入門I』(春秋社)
鈴木 規夫他『インテグラル理論入門II』(春秋社)