ウエブ・サイト紹介 第6回

鈴木 規夫

 あらゆる領域においてそうであるように、今日、トランスパーソナル研究の領域においても、インターネットの重要性は、ますます高まってきています。実際、数々のトランスパーソナル領域の関係者が、内容的に充実したウエブ・サイトを運営しています。そこには、この領域の代表的研究者たちによる、書きあげられたばかりの論文が多数掲載されており、わたしたちは、それらを無料で読むことができるのです。ここでは、そうしたウエブ・サイトをご紹介していきます。


Susanne Cook-Greuter

http://www.cook-greuter.com/


 これまでのトランスパーソナル研究にひとつの深刻な理論的・実践的な混乱をもたらしてきた要因のひとつとして、研究者が「意識状態」(states)と「意識構造」(stages)の関係性を明確にするための枠組を構築することに失敗してきたことがあることは、例えば、ケン・ウィルバー(Ken Wilber・KW)(2006)が――自戒をこめて――指摘しているところである。この問題の解決をとりわけ困難にしているのは、「意識状態」と「意識構造」という人間の内面性を理解するうえで重要となる2つの概念の意味する対象が、実際にそれらを把握するためには、異なる方法を必要とするという事実にあるといえる。


 「意識状態」とは、短期的なものとして経験される諸々の非日常的な意識状態のことを意味する(例:瞑想や運動等の活動にとりくむなかで自然発生的に醸成される高揚状態・精神活性効果をもつ薬物を摂取することにより醸成される至福状態)。こうした体験は、普通、日常的な自己感覚の拡張・変容の体験として経験されるもので、トランスパーソナル研究においては、人格成長の契機として重要な役割を果たすものであることが認識されている。また、こうした非日常的な意識状態というものが、基本的に、われわれが直接に内的に体験することのできるものであることもてつだい、意識状態は、今日まで、トランスパーソナル研究の主要な探求領域として位置づけられている。


 ただ、ここで留意するべきは、KW(2006)の指摘するように、こうした意識状態に偏向した姿勢は、人間意識のもうひとつの重要側面である意識構造の軽視・無視をひきおこす危険性を内蔵しているということである。*1 周知のように、意識状態としての神秘体験は、基本的に、あらゆる発達段階において起こりえるものである。しかし、人間のスピリチュアリティにおいて実際に重要となるのは、必ずしも、非日常的な意識状態を体験することではなく、むしろ、意識状態を解釈・統合する主体となる意識構造を成熟したものとして確立して、それを基盤として生きていくことである。意識構造の成熟とは、人間存在が生得的に内蔵する自己中心性を克服する過程としてとらえることができるが、意識状態としての神秘体験は、まさにそれが人間存在を強力に活性化するものであるだけに、それを成熟した意識構造をとおして解釈・統合することは非常に重要になる。個人としての幸福の実現だけでなく、また、同時代の集合的な課題と果敢に対峙するための実践的な知恵を創出することをその命題としてきたトランスパーソナル運動が、こうした問題意識のもと、成熟した意識構造の構築の重要性を強調してきたことは当然のことであろう。


 しかし、こうした姿勢にもかかわらず、実際には、トランスパーソナル研究は、今日まで、意識状態と意識構造の関係性の明確化という課題を完全に解決することができないでいる。KW(2006)によれば、そこには、大別して、下記の2つの事情に起因する困難があるという。

  • 意識構造を把握するためには、専門的な測定法を修得することが必要となること
  • 意識状態そのものが「段階的」に深化をする傾向をもつために、そうした水平的な深化が垂直的な深化と混同されてしまう傾向にあること

 意識状態が自己の内的な体験として実感できるものであるのにたいして、意識構造は自己の内面を内省することをとおしては認識することができない。個人の意識構造を測定するためには、発達心理学者の開発した具体的な測定法が必要となるのである(例:Robert KeganのSubject-Object InterviewやSusanne Cook-GreuterのLeadership Development Profile)。しかし、普通、そうした測定法は――あらゆる方法(art)がそうであるように――修得のための厳格な専門的トレイニングを必要とする。測定法の修得にまつわるこうした困難は、必然的に、それらを修得した実践者の絶対的な不足をもたらすことになり、結果として、トランスパーソナル研究の重要要素である意識構造についての研究を脆弱なものとすることになる。意識構造を把握するための具体的な測定法の実践にもとづいた調査・研究の貧困は、結果として、トランスパーソナル研究における意識構造についての議論を現実から乖離した、単なる関係者間の個人的な意見の交換へと貶めてしまうことになる。*2


 また、これにくわえて、トランスパーソナル運動が展開した20世紀後半の時代精神である、真実として内的に実感できるものだけを信用しようとする過剰な「内的真実」("authenticity")への執着がこうした方法論の拒絶に加担したことについてもわれわれは留意するべきであろう。意識構造というものが、窮極的には、自己の内面を内省することをとおしては認識できないということが、こうした内的真実にたいする過剰な執着にとらわれるトランスパーソナル・コミュニティにおいて、そうした測定法の実践の必要性の認識を困難にしていることは想像に難くない。 *3


 トランスパーソナル研究が、意識状態と意識構造の関係性の把握という課題を解決することができていない状況の背景には、もうひとつの事情が存在している。それは、意識状態そのものが「段階的」に深化をする傾向をもつために、そうした水平的な深化が垂直的な深化と混同されてしまう傾向にあるというものである。


 KW(2006)の指摘するように、神秘主義を基盤とした伝統的な修行体系は、基本的に、非日常的な意識状態の醸成に特化した実践である。そうした実践へのとりくみは、変性意識状態を醸成する個人の能力を段階的に育成するが、しかし、必ずしも意識構造の段階的な成長を保障するものではない。つまり、そうした実践は、個人の意識構造を変容(垂直的な成長)させるのではなく、あくまでもその範囲のなかで神秘体験(意識状態)を経験する能力を向上しようとするのである(水平的な成長)。


 こうした水平的な成長は、普通、実践の過程のなかで自己の内面に立ちあらわれてくる現象の深化として経験される。そして、その深化の過程は、基本的に、自己の内的な真実として実感することのできるものである。つまり、そこにおいて、実践者は、自己の意識状態の変化をとおして、自己の意識が確実に深化していることを実感することができるのである。そして、多くの場合、まさにそれが鮮明な実感を伴うものであるために、人々はこうした水平的な成長を垂直的な成長として誤解することになるのである。こうした誤解の結果――これまでのトランスパーソナル研究の歴史において、数々の研究者がそうしたように――意識状態の深化の過程において経験される諸々の状態がトランスパーソナル段階の意識構造として誤って位置づけられることになる。例えば、KWの「意識のスペクトル」("Spectrum of Consciousness")が、こうした意識状態と意識構造の混同のうえに構築されたモデルであることは、KW自身が指摘しているところである(2006)。 *4


 いずれにしても、今後、トランスパーソナル研究において、この意識状態と意識構造の関係性の明確化が重要な課題として認識されるようになることは確実だろう。


 今後、人類の「生存状況」("Life Conditions")の急激な悪化を背景として、真に包括的な視野から建設的な行動を展開することのできる人材がますます必要とされるようになるなかで、人格的な成熟を実現するための効果的・効率的な方法が多様な領域の識者により活発に模索されるようになるだろう。そうした時代状況において、トランスパーソナル研究が、その包括的な人間観を基盤として、大きな貢献をする可能性を秘めていることはいうまでもない。トランスパーソナル研究は、成長というこの神秘的なダイナミズムの「核」にある意識状態と意識構造の関係性をあきらかにすることをとおして、同時代の集合的な課題を克服するための貴重な洞察を提供する能力を有しているのである。


 しかし、それが可能となるためには、トランスパーソナリストは、まず、意識構造を把握するための具体的な方法論の必要性を認識して、それを修得・実践するための努力をする必要がある。また、そうした作業を行うことができるためには、トランスパーソナリストは、これまでのトランスパーソナル研究を呪縛してきた過剰な「内的真実」への執着を克服する必要がある。それは、ある意味では、トランスパーソナリストにとり、これまでに自己の成長を支えてきた時代精神と決別をする決意をするということを意味する。


 今回、御紹介するSusanne Cook-Greuter博士の人間の意識構造の発達についての研究は、今日、トランスパーソナル研究が直面するこうした成長の課題を克服するために必須の要素を提供するものである。Jane Loevingerの先行研究をもとに、博士が開発した意識構造の測定法は、発達心理学者の開発した数々の測定法のなかでも、いわゆる「トランスパーソナル」と形容される発達段階を測定範囲に収めることに成功した稀有のものである。


 上記のHPには、博士による長年の調査・研究の成果をまとめた非常に優れた論文が掲載されている。トランスパーソナル研究の成長を可能とするためにも、ぜひ参照していただきたいと思う。


*1 例えば、トランスパーソナル研究の支柱のひとつであるスタニスラフ・グロフ(Stanislav Grof)の研究は、基本的には、「意識状態」の探求を基盤とするものである。また、グロフの研究を人類の生存という集合的な課題へと展開したChristopher Bache(2000)の優れた研究も、こうしたトランスパーソナル研究の意識状態にたいする偏向を克服しえていない。

*2 こうした状況は、例えば、KWの著作において、人格の高度の発達段階として位置づけられているVision Logic(VL)という概念の理解において、非常に顕著にあらわれているようである。そこでは、読者は、VLという概念に思い思いの意見を投影して――つまり、自分自身がそうした発達段階に到達しているという前提を設定したうえで、「VLとはこういうものである」(なぜなら、VL段階に到達しているにちがいない、このわたしはそのように行動するから……)という非常に個人的な自己イメージを投影して――この概念を理解しているのである。こうしたかたちでの「理解」が正当化されるとき、最悪の場合、VLという概念が、読者の自尊感覚を増幅することを目的とする「知的自慰」のための道具として利用されてしまうことになる危険性がある。

*3 確かに、諸々の関連資料を参照しながら、自己の意識を規定している構造がいかなるものであるかについて推測することは可能である。しかし、ここで留意するべきことは、そうした作業をとおして把握することができるのは、あくまでも対象化することのできる自己であり、そうして対象化された自己を観察している自己ではないということである。トランスパーソナル研究において問題とされる意識構造とは、対象化された自己を観察している主体のことを意味する。自己の内面を省察しても、われわれはこの観察主体としての意識構造を認識することはできないのである。その意味では、意識構造とは、自らの努力では対象化することができないものであることを、その条件とするものであるといえるだろう。

*4 つまり、パーソナル段階の頂点であるVL段階を超えるものとして設定されている段階("Subtle"・"Psychic"・"Causal"・"Nondual")は、実際には、垂直的段階(意識構造)ではなく、あらゆる段階において体験可能なものとしてある、水平的段階(意識状態)であるということである。

参考文献

Christopher Bache (2000). Dark night, early dawn: Steps to a deep ecology of mind.
Albany, NY: State University of New York Press.
Susanne Cook-Greuter (2002). On the Development of Action Logics. Available at: http://www.harthillusa.com/Detailed%20descrip.%20of%20ego%20develop%20stages
Susanne Cook-Greuter (2005). Ego Development: 9 Levels of Increasing Embrace. Available at: http://www.harthillusa.com/9%20levels%20of%20increasing%20embrace%204%2006.pdf
Ken Wilber (2006). Integral spirituality: A startling new role for religion in the modern and postmodern world. Boston: Shambhala.