ウエブ・サイト紹介 第5回

鈴木 規夫

 あらゆる領域においてそうであるように、今日、トランスパーソナル研究の領域においても、インターネットの重要性は、ますます高まってきています。実際、数々のトランスパーソナル領域の関係者が、内容的に充実したウエブ・サイトを運営しています。そこには、この領域の代表的研究者たちによる、書きあげられたばかりの論文が多数掲載されており、わたしたちは、それらを無料で読むことができるのです。ここでは、そうしたウエブ・サイトをご紹介していきます。


スパイラル・ダイナミクス

Spiral Dynamics Online (Christopher Cowan)
Spiral Dynamics Integral (Don Edward Beck)


今日、トランスパーソナル・コミュニティにおいて、関係者の注目をあびているのが、これまでの研究・実践をとおして蓄積されてきた洞察をいかにして日常生活のなかで実践していくのかという課題である。もちろん、こうしたことは、これまでにも常にいわれてきたことである。実際、トランスパーソナル思想の適用範囲が、個人の内面のみでなく、組織等の集合の外面にも及ぶことは、トランスパーソナル・ソシオロジーやトランスパーソナル・エコロジー等の具体的な研究活動の成果として証明されている。しかし、実際には、こうした集合領域におけるトランスパーソナリストの活動は、これまでのところ、基本的には、あくまでも心理学という個人の内面の探求を専門とする人々が、そこにおいて蓄積した知見を応用するというかたちで展開しているにすぎない。もちろん、あらゆる人間の活動は必ず意識を介在して営まれるという意味において、個人の内面にたいする透徹した視野を基盤にした心理学者の貢献は意味のあるものである。しかし、また、少なくともそうした貢献の受容者となる他領域の専門家にとり、それらはあくまでも「部外者」による外部からの意見としての価値しかもたないのも事実である。つまり、それらの探求領域を特徴づける独自の実践・実務(paradigm)を修得したうえでなされたものでないという意味において、それらの発言は窮極的には説得力を獲得することができないのである。確かに、これまで、心理学は、共同体の変革の必要性を訴える数々の「演説家」(cheerleaders)を輩出してきた。しかし、そうした人々が――たとえ、少数の崇拝者を生みだすことはできても――集合の現実に実質的な影響を及ぼすことができない状況の背景には、こうした事情があるのである。


ケン・ウィルバー(Ken Wilber)(1995/2000)は、あらゆる研究領域は、何を真実として認定するかを規定する独自の基準にもとづいて営まれていることを指摘する。その基準に適応しない発言は、必然的に、真実の必要条件を満たしていないものとして、無視されることになる。例えば、個人の内面領域をその研究対象とする心理学の基準は「誠実性」(authenticity)であるが、この基準は、世界の他領域を研究対象とする営みが重視する基準とは異なるものであるために、心理学の発想法を基盤とした発言は、それらの領域の関係者にとり、価値をもつことができないのである。そして、これまでの歴史を通じて、トランスパーソナル思想の影響の対象が――その高邁な意図にもかかわらず――個人の内面という非常に限定的な領域でありつづけているのは、まさにこうした事情があるのである。つまり、その発祥の基盤が心理学であるという事実は、トランスパーソナル思想を「誠実性」という価値に呪縛しつづけているのである。


しかし、この価値は、個人の内面領域の探求においては重要であっても、世界の他領域を探求するうえでは、必ずしも優先的な重要性をもつものではない。とりわけ、集合領域における営みにおいて重要性をもつのは、むしろ、「公正性」(justness)や「機能的適応」(functional fit)という、「誠実性」という価値ではとらえられないものである。今日、トランスパーソナル思想の適用範囲を「誠実性」という価値の通用する個人の内面領域に設定したうえで、それを内包するより包括的な思想としてインテグラル思想が提唱されている背景には、トランスパーソナル思想がその歴史をとおして拘束されてきた「誠実性」の呪縛を克服しようとする意図がはたらいているのである。

今日、展開しているトランスパーソナル思想のインテグラル段階において、非常に重要な役割を果たしているのがスパイラル・ダイナミクスである。スパイラル・ダイナミクス(Spiral Dynamics・以下SDと省略)は、クレア・グレイヴス(Clare W. Graves, 1914-1986)の人間意識の調査研究を基盤にして、その後継者であるドン・ベック(Don Edward Beck)とクリス・コウワン(Christopher Cowan)により開発された発達理論である。


創設者の履歴が示唆するように、SDの特徴は、多様な共同体の運営・変革の作業にたずさわりつづける実務者により構築された理論であるということである(例えば、ドン・ベックは、南アフリカ共和国において、アパルトヘイト政策の終結後、新体制への非暴力的な移行を志向した政府に招聘され、その作業に長期的に参画している)。また、今日、SDを思想的基盤として世界的に拡大している数々のコミュニティは、企業経営者や政府官僚等、日々、共同体の運営・変革に実務者としてたずさわる人々の協働作業の空間として展開している。例えば、ドン・ベックの主催のもと、定期的に開催される数日間におよぶ会議("Spiral Dynamics Confab")には、世界各地で活動する実践家が参加し、相互の実践の方法と成果を共有する共同探求の空間として成立している。つまり、そこでは、「誠実性」ではなく、むしろ、「公正性」や「機能的適応」という価値を発想の基盤とする、これまでにないかたちでの変容のための協働作業が展開しているのである。そして、こうした活動をとおして、トランスパーソナル思想は、はじめて、共同体という探求領域をそれを特徴づける独自の価値を尊重したうえでとりあつかうことのできる思想的営みとして自己を確立することができたのである。その意味では、SDの知見の導入は、トランスパーソナル思想にとり、それまでのありかたを規定していた「誠実性」の呪縛の克服を宣言した画期的なできごとであったのである。


SDという人間意識の発達理論を特徴づけるのは、人間を「価値体系」("value system")を基盤として行動する存在とした把握したことであろう。これは、人間存在の統合法則として機能するもので、自己増殖的な思想や習慣("vMeme")を創出することにより、個人・集合のありかたを規定していく。


SDは、また、人間存在の根源にあるものを刻々と変化する外的な「生存状況」("Life Conditions")に適応しつづける進化のダイナミズムとしてとらえて、人類の歴史を、生存状況との有機的な関係性のなかで展開してきた、価値体系の複雑化の歴史として把握する。こうした過程を通じて自らの問題解決能力を向上することにより、人類は、常に複雑化しつづける問題に対処しつづけてきたのである。


また、こうした人類が歴史的に体験してきた進化の過程は、個人の発達の過程をとおして継承されるとされることになる("Ontogeny recapitulates phylogeny")。こうした継承の機能をとおして、個人はこれまでの歴史を通じて培われてきた叡智を自己の能力として獲得することができるのである。いうまでもなく、過去において人類が直面した問題・課題の数々(例:飢餓・暴力・秩序の混乱)は現代においても存在しつづけている(また、こうした問題・課題は、今後、自然資源の枯渇や自然環境の劣化にともない、あらためて先鋭化することが予想されている)。その意味では、人間は、常に、眼前に展開する自己の生存状況に効果的に対応するために、自らにあたえられている「遺産」を活性化させることが要求されているのである。


このように、SDにおいて強調されているのは、人間が、いかにして自己の内的な真実に誠実であることができるかということよりも、むしろ、いかにして個人・集合として対峙する生存状況の要求に対応しつづけることができるかということである。世界というシステムのなかで生存していくために対応しなければいけない諸々の条件を把握して、そのために自己を変容させていくという発想の核にあるのは、「誠実性」ではなく、関係性の要求に着目する「機能的適応」である。つまり、そこでは、たとえどれほど自己の内的な真実に誠実であることができても、そうしたありかたが個人・集合の生存を保障することができないのであれば、それは基本的に意味をなさないものとして見なされるのである。SDが共同体の運営にたずさわる実務者のためのコミュニティの思想的基盤としての責任を果たしえている理由は、まさにこうした発想にあるのである。


いうまでもなく、共同体の運営に責任を負う者は、刻々と変化する生存状況がつきつけてくる諸々の要求を把握したうえで、その短期的・中期的・長期的な将来を構想していくことを要求される。とりわけ、現代のように人類の生存条件が惑星規模でめまぐるしく変化する時代においては、あらゆる共同体の責任者にとり、生存のための途を主体的に模索することは、必須の責務であるといえる。そうした責務に応えつづけていくためには、共同体の構成員のひとりひとりが、自己の内的真実に誠実であるのみならず、「機能的適応」の観点から、共同体を俯瞰して、生存条件との関係性に潜在する危険性と可能性を探求しつづけていくことが必要になるのである。生存状況への適応に失敗することは、しばしば、共同体の崩壊や消滅につながる。その意味では、「機能的適応」という観点は、「誠実性」や「公正性」とくらべて、とりわけ冷徹なものなのである。


トランスパーソナル・コミュニティにたいするSDの貢献は、「機能的適応」というそれまでのランスパーソナル・コミュニティを支配していたものとは非常に異なる価値を基盤として人類の進化について探求するということがいかなることを意味するかを提示したことであるといえるだろう。とりわけ、人間の存在を刻々と変化する生存状況との関係性のなかでとらえなおすことをとおして、その根源的な脆弱性を照明したことは、結果として、自己の内的領域に拘泥することを称揚してきたトランスパーソナル思想の歪みを克服するための契機をもたらしたといえるだろう。

大量消費主義を基盤とした現代文明の成熟は、先進国においては、生存条件の安定をもたらした。そして、その基盤のうえに、それらの国々においては、「こころの時代」と形容される内面志向の文化が成立している。こうした現代のありさまは、「誠実性」の視点からは、人間の内面性の深化を可能とするものとして、非常に評価されえるものであろう。しかし、SDの強調する「機能的適応」の視点から検討すると、こうした現代のありさまは、大量消費文明が構造的に内包する脆弱性にたいする無知に支えられた、非常に危機的な状況として把握されるものである。今後、トランスパーソナル思想がインテグラル段階を確立していくうえで、これらの複数の視点を統合して、世界にたいする複眼的な視野を構築することは必須の責務となるだろう。


SDの創設者による上記のウエブサイトには、豊富な資料が掲載されている。トランスパーソナル思想の今後を展望するうえで、ぜひ御参照いただきたい。

参考文献

Don Edward Beck & Christopher Cowan (1996/2005). Spiral Dynamics: Mastering values, leadership and change. Oxford: Blackwell.
Ken Wilber (1995/2000). Sex, ecology, spirituality: The spirit of evolution. Boston: Shambhala.
Ken Wilber (2000). A theory of everything: An integral vision for business, politics, science and spirituality. Boston: Shambhala.