インテグラル思想の教育への応用可能性 ―発達段階論を中心として― 

[インテグラル思想研究会 2006年12月17日発表論文]

藤井 ゆき

要旨


 本発表では、発達段階論を教育の分野で応用する可能性について考察する。インテグラル思想に関連した分野の発達段階論(Susanne Cook-Greuter(2002, 2005)の"Ego Development Stages"等)について紹介する。各発達段階での能力と「生きる力」や本田 由紀(2005)の提唱する「ポスト近代型能力」との関連についても触れる。そして、学校教育における今日の課題をふまえたうえで、発達段階論を教育の現場で生かす方法について考察し、提案を行う。


1. はじめに


 いじめ、校内暴力、不登校など、現在の学校教育は様々な問題を抱えている。教師は、多様な生徒たちをまとめ、指導し、保護者や地域の期待に応えなければならない。

 しかし、多様な生徒たちを指導するための有効な方法は明らかにされていない。このことは教師にとって、また学校教育全体において、非常に問題である。具体的な指導は、教師個人の力量と判断に任されている。自分独自の方法を発見できた者はいいが、失敗した場合、その教師は責任を追及される。特に、経験の少ないまま授業や担任等をまかされる初任者の教員にとっては、その状況は、まるで霧の中を手探りで、何の明かりも手がかりもないまま進むようなものである。さらに、職場の環境も年々厳しくなっているため、ベテランの教員にも、新人を育てる余裕が失われつつある。

 しかし、保護者からの期待は大きい。また、一部の生徒からは規範意識が失われてしまっており、集団で無秩序な状態を作り出そうとする子どももいるという厳しい状態である。公立の小中高で、鬱病などの精神性疾患で休職する教員の数が2005年度に過去最多になったと報じられている(病休者に占める精神性疾患による休職者は60%)。その背景には、職場の環境が年々厳しくなっていることに加え、各生徒に最適な指導法がわからないために、授業や学級経営がうまくいかないという悩みがあるのではないだろうか。
このように、多様な生徒を指導するための優れた理論・方法論が明らかにされていないということは、学校教育において、大きな問題である。


質問1


 例えば、次のような生徒たちが混在している場合、各々の生徒にどのように対応すればよいだろうか。また、クラスでの授業は、どのように進めればよいだろうか。


a. 教員の指示に従わない。幼児的で、時には暴力的・反抗的。落ち着き・集中力がない。聞いていないので授業内容を理解できない。注意をすると、「他の子もやっている」、「私の言うことも聞いてよ」などと自説を主張する。言葉尻をとらえて反論してきたり、「あっ、それ体罰、教育委員会に訴えるよ」などと言ったりする。注意を受けて、静かになったかと思うと、すぐに騒ぎ出す。しかし、愛嬌はある。


b. 行動は遅いが、手順を教え具体的な指示を与えれば、板書を写す・計算をするなどの簡単な作業はできる。しかし、少し複雑なことを考えさせたり、やらせようとするとつまづく。クラスにaの生徒が増えると、aに調子を合わせることもある。


c. 少し複雑な作業を行ったり、自分の意見を述べたりすることができる。授業では、おおむね協力的。しかし、授業中に居眠りをしたり、「授業をもっと速く進めてください」と言ったりすることもある。時折、「自分さえ得をすればいい」という考えや、他の生徒を見下すような考えを持っている者もいる。


 いわゆる底辺校と呼ばれている高校には、aの要素を持った生徒が多数入学する。当然、cはごく少数しかいない。aの生徒たちをうまく抑え、しつけることができないでいると、bの生徒もaに同調し騒ぎ始める。そうなると、授業は成立しなくなる。教師は信頼を失い、学級は崩壊する。
しかし、このような学級における生徒の見極め方、生徒の段階に応じた適切な指導法については、包括的な論が普及していないのが現状なのである。あなたが新任の教師だとしたら、どう対処するだろうか。

 aのような生徒が存在する環境で、ある種の教師は授業や生徒指導が難しくなっている現状がある。
次の質問2のような教師の問題点は何だろうか。


質問2

 次の(1)〜(3)のような教師は、aの生徒の多い学級では苦労するだろう。では、(1)〜(3)の教師は、どこが問題なのだろうか。彼らはどのように変わっていったらよいのだろうか。

(1)「人は人だから、他人には注意したくない。関わりたくない。」


(2)「講義形式の受験指導は得意だけれど、無秩序な生徒たちには、どう指導していいか分からない。」


(3)「個性は尊重しなければならない。また人の主張にはきちんと耳を傾けなければならない。生徒を厳しく叱ることができない。」


 上記のような教師の問題についても、明確な答えは学校現場には用意されていない。そのため、各教員が試行錯誤しながら、何とか乗り切っているのが現状である。授業が成立しなくなったり、教員が病気になってしまったりするケースも残念ながら存在するようである。

 これらの生徒・教師の問題については、発達段階論(Susanne Cook-Greuterの"Ego Development Stages"等)を用いれば、問題解決に向けた方向性を見出すことができる(これについて詳しくは第4章で述べる)。



2. インテグラル思想における発達の概念


2-1 インテグラル思想


 インテグラル思想には、大まかに分けて、次の3つの論が含まれていると考えられる。

@存在論
A認識論
B発達論

今回は、個人の成長の段階に焦点を当てるため、Bの発達論を中心に論じることにする。
インテグラル思想を適切に理解するために重要なものとして、次の@〜Dの5つの要素がある。

@ Quadrants(象限)
A Levels(Stages、段階)
B Lines(様々な能力)
C States(状態)
D Types(タイプ)

 Aについては、Stagesという用語も、Levelsとほぼ同様の意味で用いられることが多い。CのStatesが一時的な「状態」を表わすのに対し、AのLevels(Stages)は、構造(の変化)を伴った「段階」を表わしている。
本発表では、この個人の意識のLevels(Stages)つまり段階について中心に考察する。


2-2 発達段階論


 発達段階論は、個人の内的進化・発達の段階を描くためのモデルである。インテグラル思想のAQALでは、左上の象限にあたる。

  今回は、インテグラル思想に関連した発達段階論を参考にすることにする。これらの理論が、生徒の段階を見極め、生徒を適切に指導していくために有効であると考えるからである。
インテグラル思想に関連のあると考えられる発達段階論の提唱者と、提唱されている概念とを次の表1にまとめて示す。


発達段階説の提唱者

概念

Ken Wilber

「意識進化の諸段階」

Don Beck

“Spiral Dynamics”

Bill Torbert

“Action Logics”

Susanne Cook-Greuter

“Ego Development Stages”

<表1 発達段階論の提唱者および提唱されている概念>


 発達段階論では、個人が意識の構造を変えて発達する(変化していく)と考える。
 人は、自分なりの方法で、意味を作り出し、現実世界を構築する。また、人は行動原理(doing・being・thinking)を持っている。しかし、その意味構築の方法・行動原理は、人によって違っている。その違いは、まるで段階があるかのように見える。その段階を描いたものが、発達段階論である(意識の発達段階について、次の表2を参照のこと。2〜6の数字はステージを表わす。また3/4などの表記は、次のステージへの移行的な段階であることを示す)。


K. Wilber

% of US

population

Cook-Greuter

Ego Development Stages

Torbert

Action Logics

Don Beck

Spiral Dynamics

SOUL

Transcendant

Postpostconventional, Transpersonal, Ego-transcendant

Unitive view

<1%

6Unitive

Ironist

Turquoise

VIVION LOGIC

<2%

5/6 Construct-aware

Alchemist

Yellow

Postconventional

System view

〜12%

5 Autonomous

4/5 Individualist

Strategist

Individualist

Green

MIND

Conventional

〜75%

4 Conscientious

3/4 Self-conscous

3Conformist

Achiever

Expert/technician

Diplomat

Orange

Blue

BODY

Preconventional

〜10%

2/3(△)Self-defensive

2Impulsive

Opportunist

Impulsive

Red

<表2 Wilber、Cook-Greuter、Torbert、Don Beckらによる意識の発達段階>
(Cook-Greuter(2005:2)に、"Spiral Dynamics"を加え、作成した。)


 "Ego Development Stages"、"Action Logics"、 "Spiral Dynamics"等のモデルは、人間の意識発達の段階を克明に描写している。
 これらの理論は、各人が自らの段階を見極め、さらにその先に向かおうとする場合(あるいは、その先に人を導こうとする場合)のガイドラインとして、非常に参考になると考えられる。

 ここでは、Cook-Greuter(2002, 2005)にならい、Bill Torbert(2004)の"Action Logics"の個人の発達モデルの用語を主に用いることにする。「ブルー」「オレンジ」等の色による段階の呼び名は、スパイラル・ダイナミクス(Spiral Dynamics)理論による(なお、これより先は、煩雑さを避けるため、2/3 "Opportunist"の段階については説明を省略することにする。発達段階論の詳細については、Cook-Greuter(2002, 2005)、Torbert(2004)、Ken Wilber(2000)、Don Beck and Christopher Cowan(1996)等を参照のこと)。



3. 「新しい学力観」と学校教育に求められている課題


文部科学省が提示した新学習指導要領(小中は平成14年から、高校は15年から実施)には、生徒を指導するうえでの大きな柱として、「生きる力」という新しい概念が示されている。現在、学校教育は、この「生きる力」を育てるという大きな方針のもとに教育を行っていると考えられる。


3-1 「生きる力」とは


次に、「生きる力」について文部科学省のウェブサイトより引用する。

<新学習指導要領のねらいとポイント>

 完全学校週5日制の下、各学校が「特色ある教育」を展開し、新学習指導要領は子どもたちに基礎的・基本的な内容を確実に身に付けさせ、自ら学び自ら考える力などの[生きる力]をはぐくむことをねらいとしています。

 「生きる力」とは…変化の激しいこれからの社会を生きる子どもたちに身に付けさせたい[確かな学力]、[豊かな人間性]、「健康と体力」の3つの要素からなる力である。


「生きる力」の3要素

[確かな学力]…知識や技能はもちろんのこと、これに加えて、学ぶ意欲や自分で課題を見付け、自ら学び、主体的に判断し、行動し、よりよく問題解決する資質や能力等まで含めたもの。(基礎・基本、「判断力」「思考力」「表現力」「課題発見能力」「問題解決能力」「学び方」「学ぶ意欲」「知識・理解」)

[豊かな人間性]…自らを律しつつ、他者とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など。

[健康と体力]…たくましく生きるための健康や体力。

(以上、「生きる力」について文部科学省ウェブサイトより引用)


 「生きる力」は、受験・詰め込み教育で育てた、狭い範囲でしか考えることができず、問題解決能力の低い"Diplomat"あるいは"Expert"から、自分で考えて行動し目標を達成することのできる"Achiever"(あるいは"Individualist"・"Strategist")以上への転換を図るものであるといえるだろう。
 この新しい能力観は、知識偏重の学力観・能力観に比べると、新しく、また(現代社会で活躍できる力を育てる方向へ向かっているという意味で)進歩が見られるといえそうである。
 しかし、その「生きる力」が実際には、どのような力なのか、指導する側のすべての教員が十分理解しているとはいえないという問題がある。また、「生きる力」を育むための具体的な生徒指導・教科指導の方法は、研究の途上にある。このような状態で、実際の指導は現場の各学校・教員に一任されているのが実状である。
学校教育全体で(あるいは各教科で)生徒をどのように育てるのかという目標と、そこに至らせるための方法がしっかりと明確化されていない・共有化されていないことは大きな問題である。
 「生きる力」は具体的には、どのような力であるのか、教員や生徒に十分理解させ、子どもたちにその力を身につけさせるためには、さらに「生きる力」が発達段階理論ではどこに位置する、どのような力であるのかをさらに掘り下げて分析し、明らかにしていくことが必要であると考えられる。


3-2 「ポスト近代型能力」


 本田 由紀(2005)は、近年、求められるようになってきた、新しい時代つまり「ポスト近代社会」における能力として、「ポスト近代型能力」について述べている(表3参照)。
 身につけるためのノウハウが存在し、「勉強」という「努力」によって習得可能であった「近代型能力」に対し、個々人に応じて多様でありかつ意欲などの情意的な部分を多く含む「ポスト近代型能力」が要請されるようになってきたことについて、本田は批判的に述べている。
 本田によれば、「近代型能力」は測定が容易で、学校教育で身につけさせることが可能であるのに対し、「ポスト近代型能力」は測定することも証明することも難しく、形成されるためのノウハウが不明であるという。本田は「ポスト近代型能力」の形成には、生来の資質や家庭環境の要因によるところが大きいと考察している。そして、この力を育てるノウハウが明らかでないため、この力を直接習得することは困難であろうと述べている。しかし、「ポスト近代型能力」を直接習得することは困難であるが、ある種の「専門性」を身につけることが(「ポスト近代型能力」が求められる際に自身を守る「鎧」となると同時に)「ポスト近代型能力」の形成を容易にすることにつながるのではないかと述べている。


「近代型能力」

「ポスト近代型能力」

「基礎学力」

標準性

知識量、知的操作の速度

共通尺度で比較可能

順応性

協調性、同質性

「生きる力」

多様性・新奇性

意欲、創造性

個別性、個性

能動性

ネットワーク能力、交渉力

<表3 「近代型能力」と「ポスト近代型能力」の特徴の比較対照>
[本田(2005)より引用]


 着眼点は良い。しかし、新しく注目されるようになった能力を、「近代型能力」と対峙する「測定・証明が困難であるもの」と考えた点、また「曖昧で捉え難い妖面なもの」であるからふりまわされすぎないほうが良いと考えた点などについては同意できない。
 近代型の能力の上に、「生きる力」などの能力が形成されるのである。また、測定方法については、まだ日本では明らかになっていないだけではないだろうか(例えば、Susanne Cook-Greuterは、"Ego Development Stages"を測るための独自の測定方法を確立しており、すでに多数の人々の発達段階を測定している)。


3-3 学校教育に求められているもの、その他の課題


 近年の産業界では、企業で新人を育てる余裕がないため、すぐに「使える」人材を学校に対して求めている。試験で高得点を得ることのできる「学力」よりも、コニュニケーション能力・協調性などを持った人材を欲しがっている。

 PISA(OECD加盟国生徒の学習到達度調査)の結果から、日本の生徒の「読解力が低下した」と指摘され、注目が集まっている。しかし、具体的に見ると、日本の生徒が特に苦手としているのは「自由記述」「熟考・評価」の項目である。
 PISAでは、暗記や機械的な作業能力だけではなく、自分の考えをしっかりと持った思考力・表現力をも測定しようとしているのだと考えられる。そして、日本の生徒は、自分なりの根拠を基に論述する力が弱いのだといえそうである。

 産業界の要請、そしてPISA調査を見ると、自分の考えを確立し自己表現できる生徒を育てることが求められているということがわかる。
 つまり、「"Diplomat"(や"Expert")ではなく、"Achiever"以上の段階の能力を持った人材がこれからの時代には求められている」と日本の産業界やOECD諸国も考えていることを示しているといえそうである。
教師の講義を聞いて考えをなぞらせるだけ、そして暗記させるだけの指導を行っていては、コミュニケーション能力や、自己の考えを叙述する能力を生徒に身につけさせることは難しい。
受験の筆記試験に対応するためだけの従来型の(一部の)指導からの転換が求められているといえるだろう。


4. 学校教育への応用に向けて


 発達段階論は、教育には合致しやすい面がある(学校教育において、発達段階説を取り入れた指導法としては、ローレンス・コールバーグをもとにした道徳教育の実践もすでにある)。
 なぜなら、子どもたちは段階的に成長している(あるいは、同じ年齢の子どもでも、違った段階に位置している)ことが、普段子どもたちに接している者には容易に観察できるからである。
 そのため、導入する目的(何を目指すか)と機能(どのように役立つか)が明らかであれば、それほど抵抗なく、発達段階論を学校教育へ持ち込むことが可能かもしれない。
 発達段階論を子どもたちへの指導に応用することができれば、教育現場での混乱を解消するきっかけを作ることができるかもしれない。
 そして、教員同士が共有できる「共通の地図」を得ることにつながるかもしれない。子どもたちを導くための目標と、子どもたちの段階に応じた具体的な指導の方法が見えてくるからである。


4-1 可能性1:教師の生徒理解への応用、段階に応じた生徒指導


 発達段階論は、教師が生徒を理解する際に、また教師が生徒の段階に応じた適切な指導を行うために有効である(表2参照)。
 では、発達段階論を応用すると、生徒をどのように位置づけ、指導することが可能になるのだろうか。
次に、「質問1」のa〜cの生徒がどの段階であり、どのように指導していったら良いと考えられるかを述べる。


質問1の種明かし


 質問1のa〜cの生徒および教師は、発達段階論を用いると、次のように位置付けることができる。また、各段階の生徒に効果的な指導法の例は次のように考えられる(表4参照。これは、発達段階論とこれまでの教員としての経験をもとにまとめたものである)。


生徒a〜c(質問1)の段階

効果的な指導の例

a=“Impulsive”、「レッド」、2

「信賞必罰」(良いことは誉め、だめなことは厳しく罰する)で、ルール・規範意識を身につけさせる。生徒に関心を示し、共感する。熱く語って、心をゆさぶる。ボスはこちらだと認めさせる。手近で簡単な内容から学習させる。スポーツや部活動等で、集団活動に慣れさせる。基本的な知識・技能を身につけさせる。

b=“Diplomat”、「ブルー」、3

段階的に少しずつ、体系的知識と論理的な思考力・技能を身につけさせる。自分で考え、根拠を示しながら意見を述べる訓練をさせる。

c=“Achiever”、「オレンジ」、4

自分の狭い視野(自分の“I”・“We”領域の狭さ)、法則的・形式的な思考に気づかせる。事物・生命の連鎖に気づかせる。より深い思考力・判断力を身につけさせる。

<表4 質問1の生徒a〜cに対する段階に応じた指導の例>


 これらのことは、もしかするとベテランの一部の教員にとっては自明なことかもしれない。
しかし、若手の教員も、生徒の言動を区別し、生徒に適切に対応できるようにしていくために、このような段階ごとの指導法を示すことは有効であると考える。
  生徒の言動がどの段階に属するものであるのか、また生徒の意識の重心が属する段階がどこであるのかを教員は見極め、適切に対処することが重要である。
  "Impulsive"から"Achiever"までの段階については、学校の教員であれば、多くの者が説明を受ければ理解できる(納得する)かもしれない。
 なぜなら、普段自分が目にしている生徒が、それらの段階に属していることが、(あるレベルに達していれば)普段の観察から容易に推測できるからである。そして、ベテランの教員であれば、"Achiever"に高めるところまでの指導法については、検討がつくかもしれない。
 しかし、"Achiever"より先の段階については、そういう段階があるのか、ということ自体についても意見が分かれる可能性がある("Achiever"より上の段階に達していない者には、もちろん理解することは難しいだろう。学校で扱う教科の範囲が、科学的な法則性を理解させるレベルに留まりがちな点も影響していると考えられる)。
"Achiever"より上の段階に引き上げるための指導法については、現時点では、各教師が指導法を模索しているというのが日本の現状であり、有効な方法論はまだ確立されていないと考えられる。
 今後は、各段階に適した指導法を明確にし、より高位の段階の特徴とその段階へ導くための指導についても考察していく必要がある。


感想:個人的に、初めて東京都に赴任した昨年一年間は、生徒を見極めることができず、大変であった。インテグラル思想とこれらの発達段階理論を知ることができたため、なんとか乗り切ることができた。その意味で、本当に感謝している。



4-2 可能性2:カリキュラム・デザイン、教育内容・教科内容開発への応用


 意識発達の各段階の能力を検討し、学校教育全体・各教科でつけさせる力を明確にし、それらを照らし合わせていくことで、段階に応じた教科指導、アプローチをしていくことが可能になる。学校間の連携も円滑になるだろう。それらを今後、行っていく必要がある。
 生徒は、年齢が高くなるに従って、一律に成長するわけではない。学校により、また個人により、生徒の段階はまちまちなので、段階を見極めて指導することが非常に有効である(学級では、学級全体のレベルを判断し、内容を設定する・基本を押さえつつ、レベルの高い生徒には高度な課題を与える)。


学校生活全体での目標を定める


【学校生活全体での目標の例】

小学校低学年:
"Impulsive"(「レッド」)に対処し、"Diplomat"(「ブルー」)を育てる。
中学校:
"Diplomat"(「ブルー」)から"Expert"(合理性段階の基礎、つまり「オレンジ」の基礎)を育てる。
高等学校:
"Achiever"(「オレンジ」)以降を育てる。底辺校では、"Impulsive"(「レッド」)への対処から始める。
大学:
最低でも"Achiever"、できればそれ以上を育てたい。しかし、志願者がほぼ全員入学できるという現在の状況では、"Expert"から"Achiever"を育てるのがせいぜいという所も多い可能性もある(表5参照)。

<表5 学校教育・大学での段階的到達目標の例>


教科の学習内容の配列


 まず、各教科での学習内容を、段階別に整理することが必要である。そして、各生徒の段階を見極めたうえで、生徒の段階に合った内容のものを学ばせれば、効率よく、そして生徒も(教える教員も)楽に学習を進めることができるだろう(4-3可能性3:国語科における段階に応じた目標および指導を参照)。


教科における段階別の指導


 生徒が属する段階により、効果的なアプローチ、指導法は違ってくる。
 次に、段階別の指導の例を挙げる。例えば、学習内容を効果的に理解させるためには、段階に応じ、ハワード・ガードナーのマルチプルインテリジェンス(多重知性・マルチ能力)理論を活用しながら指導すると良い[マルチプルインテリジェンスについてはアームストロング、2002等を参照のこと]。

 例えば、"Diplomat"(「ブルー」)は、言語を用いた抽象的・論理的な思考力がまだ十分には身についていない。そのため、この段階の生徒には、ビジュアル化・聴覚・身体性など、言語以外の能力を刺激しながら説明し、確認のために表現させ、理解させることが有効である。


*"Diplomat"(「ブルー」)への指導法


・言葉だけで説明する→理解しにくい。すぐに飽きてしまう。
・ビジュアル教材(写真、イラスト、ビデオ)、音声、音感、身体を伴う活動などを活用しながら教示する→飽きずに、楽しみながら理解することができる。


 合理性段階の"Achiever"(「オレンジ」)になると、学習の動機づけがしっかりできていれば、言語中心の説明で理解できる(受験優先、学力偏重のかつての教育は、ここに偏りすぎていた)。しかし、この段階でも、理解を確実なものにするため(また理解できたかを確認するため)に、メタファーや図式化(視覚化)などの手法を用いて、理解したことを言い換えさせたり、他者に説明させたりという活動が有効である。


*"Achiever"(「オレンジ」)への指導法


・言葉を言葉だけで理解させ、表現させる→本当に理解できたか確認しにくい。表面的な理解に留まる。
・理解したことを例え話や図で表現させる→深い理解を促すことができる。思考力・表現力が身につく。(さらに、読解させるだけでなく、話し合いや小論文等で自分なりの論を展開させると有効。)



4-3可能性3:国語科における段階に応じた目標および指導


 教科として、何を身につけさせるべきか、各々の生徒をどう教え導くべきかという問題がある。
 しかし、教職についたばかりの初任者は、霧の中を手探りで進んでいくようなもので、何をどう教えたらいいのかわからない。
 この傾向は、もしかしたら国語科で特に激しいと言えるのではないだろうか。


国語科の問題点


*専門領域・国語科でつける力の不明確、ベテラン教師等の知識蓄積の局在

・ 何をどう教えていくかは、教師個人の力量、勘や経験にまかされている。
・ 単元ではなく、教材を使って教えているに過ぎないものが多すぎる。
・霧の中で(見通しがないままで)それぞれの教師が、経験と勘から「たぶんこっちだと思うから、こちらへ進め」と旗を振っているようなもの!?
・あるいは、「慣習的にこうだったから、これがいいと(なんとなく)思うから」というような主観・慣習的なものを根拠として国語科の教科指導が行われている。
・すばらしい教科指導を行っている教員はいるが、その知識・技術は個人やグループに留まりがちであり、共有化は、あまりなされていない。

 教師個人にまかされている部分が多すぎる。国語科の教育について論じようとしても、教員によって目標がばらばらであるため、議論することが難しい。どちらに進むべきか、という「地図」を共有できていない状態。


提案


 発達段階理論を参考に、国語科としての目標を整理する。そして、学習内容を発達段階別に整理する。そして、各生徒の段階を見極めたうえで、生徒の段階に合った内容のものを学ばせることが必要である。
 国語科では、特に文学作品や評論などの教材を(ある観点から見た場合)どの段階の生徒の学習に有効なものと見なすのか、位置付けを示すことが有効である。国語科では段階に応じた教材選びは非常に重要であるにもかかわらず、これまで、その種の情報は各教師や各学校に蓄積されるに留まっていた。段階ごとに有効な指導を明らかにした上で教材を配置し、その一覧表を作成することができれば、多くの学校で段階ごとに効果的な指導を行うことのできる準備が少しずつ整ってくるだろう。
 国語科における段階に応じた目標と指導の例を表6として次に示す。


<表6 国語科での単元・教材配列の例 >


 このような一覧で、教材を配置することは、段階を判別する方法とともに提示できれば、各地の学校で応用できる貴重な資料となる可能性がある。
 教室には様々な段階の生徒が混在していると考えられるが、実際の指導では、学級生徒全体のレベルの「重心」(多くの生徒がどの段階に位置するか)、生徒の興味・関心・ニーズ・レディネス等を総合的に考慮した上で、年間のカリキュラムを作成し、各単元を構成することになる。そして、教師は、各段階の生徒の思考・行動を予測して準備を行い、現場で指導・対応していく。
 今回は、概論を述べることが目的であるため、これらの具体的な指導の手順・方法については、次の機会に詳しく述べることにする。



4-4 可能性4:学校文化・教師文化・指導法等の分析への応用


質問2の種明かし


教師(1)〜(3)

 (1) 「人は人だから、他人には注意したくない。関わりたくない。」という教師="Expert"(「ブルー/オレンジ」)3/4


 (2) 「講義形式の受験指導は得意だけれど、無秩序な生徒たちは、どう指導していいか分からない。」="Expert"(「ブルー/オレンジ」)3/4あるいは"Achiever"(「オレンジ」)4


 (3) 「個性は尊重しなければならない。また人の主張にはきちんと耳を傾けなければならない。生徒を厳しく叱ることができない。」という教師="Individualist"(「オレンジ/グリーン」)4/5


 各学校および各教師は、自らの段階を自覚する必要がある。各教員の態度や言動、指導の方法等に各段階の特徴が現れる。自らの段階を自覚したうえで、自分自身、学校全体を成長させる努力が必要であろう。


指導法・教師文化の分析の例


 これまでの指導法を分析し、それがどの段階の特徴を持っていると考えられるか考察する。さらに上の段階の指導法はどのようなものであるのかを明らかにしていく。
 「指導法・教師文化の段階についての考察(例)」を表7として次に示す(この表では"Expert"についての考察は割愛した)。



段階

悪い面

良い面

Ironist 6

?

?

Alchemist 5/6

?

?

Strategist 5

?

?

Individualist 4/5

個性尊重という名の放任。序列の全否定。規範を崩す。

広い範囲での共同体意識や問題意識。平等主義。多元主義。

Achiever 4

知識・学力偏重。形式主義的。科学万能主義。

論理的。専門的な知識や技能。言語での表現。法則性、客観性。

Diplomat 3

流されやすい。生徒に甘い。

共感的理解。子どもが親近感を持つ。

Impulsive 2

衝動的、暴力的、支配的。体罰など。

パワーがある。体力。生命力。

<表7 指導法・教師文化の段階についての考察(例)>



 実際に指導を行うにあたっては、指導法の良い面は残し、悪い面は改善した上で、さらに上の段階の指導法を目指す。
 教師の行動・態度が子どもたちに及ぼす影響を自覚すること、そして、教師自身が自らの行動原理を見つめ、自らのあり方を改善し、意識を向上させていくことが大切である。それに伴い、より高度な視点からの指導が可能になってくると考えられる。



5. 終わりに


 今後の課題として、次のようなものが挙げられる。
 まずは、段階判定に関する問題である。生徒や教師等の段階をどう判定すればよいだろうか。学校教育では、生徒一人一人の段階を測定するために、高額で手間のかかるテストを受けさせることは難しいだろう。
教師が生徒の段階を判別する際に役立つガイドラインを示すことができれば、有効かもしれない。今後は、生徒等の段階を判定するためのガイドライン作成にも取り組みたい。
そして、さらに体系的で効果的な指導を行っていくために、指導法・カリキュラム開発を進める必要があると考えられる。個々の段階の特徴を明らかにし、段階に応じた具体的で効果的な指導法・カリキュラムを開発していきたい。
 また、これらの発達段階理論を用いた指導の有効性を普及・伝達するという課題がある。この指導法は適切な教師と状況のもとで適用されるならば、非常に有効であり、また一定の普遍性を持つものであると思われる。この指導法の有効性を適切に伝え、現場で役立ててもらいたいと考える。


 最後に、普段、様々な情報やアドバイスをいただいているインテグラル思想研究会・インテグラル・ジャパン(Integral Japan)・ITP(Integral Transformative Practice)のメンバーのみなさんと、研究会でいつも貴重な知識と智慧を伝えてくださり、またこの発表の機会を設けてくださった鈴木 規夫さんに感謝を述べさせていただきます。ありがとうございます。
 なお、今回の発表は、今後研究していきたいと考える方向性を概説的に示すものとなりました。言葉の足りない点などもあるかと思います。ご意見・アドバイス等がございましたら、またこの問題に興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、藤井ゆき までメールをいただければ幸いです。教育の分野で、さらに詳しい分析と提案を今後行っていきたいと考えています。


参考文献

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Bill Torbert and associates (2004). Action inquiry: The secret of timely transforming leadership. San Francisco: Berrett-Koehler Publishers.

Don Beck and Christopher Cowan (1996). Spiral Dynamics: Mastering values, leadership and change. MA, USA: Blackwell Publishing.

Ken Wilber (2000). A theory of everything: An integral vision for business, politics, science, and spirituality. Boston: Shambhala.〔邦訳ケン・ウィルバー著、岡野守也訳(2002)『万物の理論』トランスビュー〕

トーマス・アームストロング、吉田新一郎訳(2002)『「マルチ能力」が育む子どもの生きる力』小学館

本田由紀(2005)『多元化する「能力」と日本社会』NTT出版

ドン・ベック博士へのインタビュー記事(ジェシカ・レーミシェ聞き手・ナレーション)「スパイラル・ダイナミクス限りなく上昇する探求」(雑誌“What is Enlightenment?”記事の邦訳)Available at http://www.integraljapan.net/articles/sd_info.htm

インテグラル思想研究会の配布資料、インテグラル・ジャパンのウェブサイト(http://www.integraljapan.net/)で閲覧可能。

文部科学省のウェブサイト「確かな学力」、http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku/index.htm