インテグラルな人びと・第1回 門林 奨さん

メルマガNo56-57より転載  (2012/02/18 - 03/23)

ケン・ウィルバーの著作の翻訳出版に加え、近年では日本人研究者による著作が相次いで出版されるなど、インテグラル・アプローチの日本での普及も少しずつ進みつつあるように思います。各地でインテグラルな実践に携わる方々も増えてきました。今号より、そういう実践者の方々、またその活動内容をご紹介していきたいと思います。今回は、京都でインテグラル理論・実践研究会を主催しておられる門林 奨さんに誌上インタビューを行いました。

第一回

Q1. インテグラル・アプローチとの出会いは、どういうものでしたか?

A1. はい。私の場合、まず高校の頃に、物理学を中心とする自然科学をもとにしてこの宇宙の神秘に迫りたいという動機と、自分がいかに生きていくべきかを体系的に整理・論述したいという動機の2つを抱いていたんですね。

というとなにか生来の思索家のようにみなされてしまうかもしれませんが、中学の頃まではほとんど何も考えておらず、遊ぶことが究極の関心事だったような子どもでした(ただし内向的な遊びばかりでしたが)。どうしてそんなこと
を考えるようになったかというと、高校のときに、たまたま書店で科学雑誌『Newton』の宇宙特集を手にして非常に興奮した(あんなに興奮したのは生まれて初めてだったかもしれません)のと、知人の知人の死により3000円級の科学
書・哲学書を自由に何冊ももらえる機会を得たこと、そして倫理の授業で買わされた資料集がとても充実しており読みふけっていたことを挙げることができると思います。

それで、大学に入って1人暮らしを始めると、今まで以上に思索にふけり始めるわけですが、そこでニーチェなりヴィトゲンシュタインなりニューサイエンスなり道教仏教といった思想へと雑食的に傾倒するなかで、いろいろなものが
壊れてゆき、根深い不可知論と懐疑論とニヒリズム(そしてそこから派生する安楽主義的な生き方)のなかへと入りこんでいくことになりました。

そのまま安らかに生きていければよかったのかもしれませんが、幸か不幸か、さまざまな苦が訪れて、うまくいかなかった。1つは実存的な苦悩、とりわけ死をめぐる問題ですが、もう1つには、孤立なり失恋なり死別なり、詳しいこ
とは省きますが、ともかく対人関係的な苦悩にも深くさいなまれたというのがあります。この両者の苦しみがなければインテグラル・アプローチに惹かれることも(少なくともこんなに早くには)なかったでしょうね。

ともあれ、そうしたなかで、岡野守也先生や諸富祥彦先生やラズロ博士の書物を通してウィルバーという人物を知るわけですが、そこでまず『万物の理論』を読みました。そして次に『進化の構造』。大学2年のときのことです。この
本が決定的でした。それまで大切にしてきた不可知論や懐疑論をそうやすやすと捨てるわけにはいきませんから、抵抗を試みるわけですが、誠実に考えようとすればするほど、ウィルバーのほうに軍配が上がってゆく。

それで、ウィルバーの本には科学から哲学から心理学から宗教学まで知という知が何でもかんでも登場するというところがあるかと思いますが、当時の私は、科学と哲学に関しては多少の見識をもっていたものの、心理学や宗教学に関してはほとんど何も知りませんでしたので、そうした「自分にとって全く馴染みのない分野」に手をつけることにしたんですね。そしてそうした「他領域の学習」を通して、ますますウィルバーの思想そしてインテグラル・アプローチに
惹きつけられていったというわけです。

私が他でもないインテグラル・アプローチにとくに傾倒している理由は、まさにそこにあると思います。「互いに全く相容れないような多くの分野や、自分がそれまで敬遠してきた分野について学べば学ぶほど、インテグラル・アプロー
チがもっとも妥当で信頼に値するものに思えてくる」ということ。ふつう、多くのことを知れば知るほど、今まで自分が傾倒してきた思想や理論が一面的なものであったことに気づかされるということが多いかと思いますが、このイン
テグラル・アプローチにはなぜかその逆の傾向がある。そこから逃れようと思って別のことを知れば知るほど、そこに惹きつけられてゆく。

そのあたりの4年間がまた暑苦しい内容に満ちているのですが(笑)、今回の質問は「出会い」ということなので、ここでとどめさせていただきたいと思います。

Q2. どういうきっかけで、自分で研究会を主催してみようと思われたのですか?

A2. そうですね、当時、関東ではケン・ウィルバー研究会が開催されていましたが、関西圏ではウィルバーやインテグラル思想に関するコミュニティが全くありませんでしたので、関西でもそうした場をつくりたいなとは思っていま
した。

1人で立ち上げる自信がなかったのですが、インターネットを通して、インテグラル思想に興味をもつ同年代の人物を関西圏で奇跡的に見つけ、その彼に励まされるようなかたちで、研究会を主催することになりました。さいあく3人
集まればいいかと思っていたのですが、10人もの方がいらっしゃったので、嬉しさとともに、とても驚きましたね(以下、次号に続く)。

第二回

各地でインテグラルな実践に携わる方々やその活動をご紹介する新シリーズ。今回は、前回に引き続き、京都でインテグラル理論・実践研究会を主催しておられる門林 奨さんの御紹介です。

☆誌上Q&A(続き)

Q4.研究会では、毎回どんなことをしていますか?

A4.もともとは、その回にとりあげる書籍を事前に決めておき、私の作成したレジュメに沿って議論や意見交換をおこなうということのみをおこなっていました。が、次第に、ごく簡単な瞑想やボディワークの時間を研究会の初めにと
りいれるようになりました。

近頃は、研究会の初めにごく簡単なボディワークとビッグ・マインド・プロセス(自身のなかに息づくさまざまな「声」になりきるワーク)にとりくんだあと、私の作成したレジュメに沿って議論をおこない、そして最後にグループ・ディスカッションや意見交換・体験共有の場を設けるという流れで進めています。 

そのあとには希望者の方と近くの喫茶店へ向かい、ざっくばらんで愉快な(?) ひとときを過ごします。

Q5.研究会にはどういう方がいらしていますか?
 
A5.職業で言えば、学生、フリーター、一般企業に勤める方、NPO団体の代表者、現役医師、セラピスト、政治団体の職員、自衛隊関係者など、年齢で言えば20代から50代の方まで、実にさまざまですね。

インテグラル思想のふところの広さというか、雑食性というか、そうしたものがよくも悪くも反映されているのだろうと思います。

Q6. ご自分で研究会を開催してみて得られたもの、感想等を教えてください

A6. ひとことで言えば、「仲間」と「多様性」ですね。

今思えば、インテグラル思想に関する踏み込んだ対話のできる仲間が近くにいないときには、「インテグラル・アプローチ」という誰がどこから見ても同一の1つのアプローチがあるように(無意識的に)考えていたのではないかと思うのですが、研究会を通して多種多様な「インテグラル実践者」とふれあうなかで、それぞれの方がそれぞれの苦悩や課題や問題意識を抱えており、インテグラル思想に求めるものも望むものも大きく異なっているのだということを身体的に実感することができたと思います。

自己理解という観点から述べれば、「私はインテグラル実践者である」という認識から、「私は○○という点に独自性をもつインテグラル実践者である」という認識へと進んだ、とも言えると思います。月並みな言い方をすれば、インテグラル・コミュニティのなかに身を置くことは、1つのゴールであり、そして1つの新たなスタートであるといったところでしょうか。

Q7. 今後、インテグラルな取り組みに関して、どういう計画や構想を持っていらっしゃいますか?

A7. まずはこのインテグラル・コミュニティを質・量ともに高め深めていきたいと思っていますね。私自身を含めた参加者一人一人が統合的な成熟度を深め、各自の日常生活・社会生活において誠実にその成果を還元してゆくなかで、徐々に徐々に、その在り方に惹きつけられる人が増えてゆく・・・ということになればよいのですが。

10年20年スパンの計画かもしれませんが、ある種の「メタ・コミュニティ」として機能することができればという野望もあります。長期参加者の方がそれぞれの専門技能とインテグラル・アプローチを結びつける場として、この「インテグラル・コミュニティ」とは別に、「インテグラル・エデュケーション・コミュニティ」「インテグラル・メディスン・コミュニティ」「インテグラル・ビジネス・コミュニティ」「インテグラル・セラピー・コミュニティ」「インテグラル・エコロジー・コミュニティ」といったものを立ち上げるという具合ですね。

Q8. メールマガジンの読者の皆様に、メッセージがありましたらお願いします。

A.8 インテグラル思想に限らないことかもしれませんが、なにか慣れないものを始めようというときに、同じことに関心を抱いている他者との共同空間のなかに継続的に身を置くというのはとても意義深いことだと思います。それは私自身がインテグラル思想に関する研究会を続けることで深く実感させられていることでもあります。

なので、東京と京都に限らず、ぜひさまざまな場所で、ウィルバーやインテグラル思想に関する「出会いの場」が築かれることを願っています。私自身、mixiとブログという2つのツールだけでコミュニティ立ち上げの連絡をおこないましたが、実は「隠れウィルバリアン」や「隠れインテグラリスト」というのは思いのほか眠っているのではないかという直感もあります。

ともあれ、ウィルバーも述べているように、歴史的には、そうした「草の根」的な共同空間の集積こそが、時代の意識変容を底から突き動かしてきたとも言われるわけで、その意味でも、日本各地のさまざまな場所で「小さなインテグラル空間」が形成されることを期待せずにはおれません。

以上ですが、長々と述べさせていただいてありがとうございました。読者のみなさまといつかお会いできることを楽しみにしております。

☆門林さんのご活動の詳細についてはこちらまで:


ブログ:http://beyonddescription.blog57.fc2.com/
mixiコミュニティ:http://mixi.jp/view_community.pl?id=5112305