ケン・ウィルバーの健康状態を伝える手紙

 

掲載の経緯

この文章は2002年の12月頃にウィルバーが身近な仲間たちに当てた手紙です。
翻訳はCAMUNetの若松英輔氏を介して代替医療の分野で著名な上野圭一氏に訳出していただきました。
この場を借りて厚く御礼申し上げます

 

 友人諸君

 ぼくの病状について心配してくれる人たちがいるので、簡単な報告をしておく。

 受けた診断はアールエヌアーゼ(RNase)酵素欠乏症だ(病名の頭文字はREDDで、これがけっこう気に入っている)。REDDは多発性硬化症・筋痛性脳脊髄炎・筋萎縮性側索硬化症・炎症性関節リウマチ・湾岸戦争症候群・結合織炎など、多くの疾患の直接的または間接的な要因になっていると考えられている。

 REDDは長いあいだ、その様態が不明だったが、現在では確度の高い検査(精度95%)が可能になり、独立した臨床的実体として認識されている。ただし(患者の実害が大きいわりに)正確な知識をもっている医師はめったにいない。

 REDDの基本的な問題は単純明快だ。ウイルスまたは細菌の侵襲を受けると、人体はアールエヌアーゼという酵素を産生する。名称からもわかるとおり、アールエヌアーゼは見つけ次第、メッセンジャーRNAの機能に損傷をあたえる酵素だ。つまりウイルスや細菌などの侵入者に遭遇すると、それらのRNAを破壊して侵入者を殲滅するのが仕事なのだ。
遭遇から殲滅まではきわめて即応的な防衛メカニズムなのだが、T細胞やB細胞などがアールエヌアーゼを産生するのに時間がかかるところに問題がある。REDDの患者はアールエヌアーゼの産生に数日、ときには数週間の時間を要し、人体が最初の防衛線を築くのが遅れるという傾向がある。

 REDDという病気でアールエヌアーゼの産生メカニズムが損傷される原因はいろいろあるが、いちばんよく知られているのは環境中の有毒物質だ。1985年、タホ湖北部の山腹にある村でREDDが大量発生し、200 人以上が発病した(クジ運がいいぼくも、その1人になったわけだ。トレヤが最後の集中的な化学療法を受けたあと、疲れを癒すために、2人でタホ湖に静養にきていたのだ)。REDDの大量発生は同地域にあった工場によるトルエン廃棄
にあるという俗説は広く流布したが、実際のところはわからない。ともあれ、REDDが人から人へと感染して広がる病気じゃないことはたしかなのだが。

 REDD患者がなんらかの損傷を受けると、人体は少量だがきわめて活動性の高いアールエヌアーゼを産生するようになる(これを37kD型という)。人体は通常の80kD型アールエヌアーゼしか認識しないので、この37kD型アールエヌアーゼには活動停止メカニズムが備わっていない。だから、37kD型アールエヌアーゼを産生しつづけ、侵襲因子のRNAのみならず、自分のからだのすべての細胞のRNAに攻撃をかけようとしてしまう。

 最近の調査で、REDD患者の95% はこの37kD型アールエヌアーゼが陽性であるのにたいして、健常者における陽性は0.00% であることが判明し、そのことによって、この検査法が確定的であり、この病態が確実な臨床的な実体であると考えられるようになった。

 こうした攻撃的なアールエヌアーゼによって最初に損傷を受ける部位のひとつに、人体の主要な抗酸化システムのひとつであるグルタチオン系がある。そこが攻撃を受けると、人体はフリーラジカルの氾濫という深刻な事態にたいして無抵抗な状態に陥る。エネルギーとフリーラジカルをいちばん多量に産生する部位、つまり、人体のエネルギーのすべてを産出する細胞小器官、ミトコンドリアが最大の損傷を受けるという深刻な状態だ。
  症状が進行するにつれてミトコンドリアがどんどん破壊されていく。最悪のばあいは、患者は生涯寝たきり状態になる。タホ湖の患者の多くは、いまでも寝たきりだ。文字どおり24時間、介護を受ける身になるのだ。

 ひきつづいて被害を受けるのは、細胞内の保護をつかさどるシステムであるTh1 免疫系(たとえばウイルスやマイコプラズマなど原始的な細菌といった病原体の攻撃から細胞を守っているシステム)だ。免疫系の機能が低下したときに、どこにでも大量にいる(いま、きみの体内にもウヨウヨしている)病原体に感染することを日和見感染というが、REDDのばあい、その日和見的なウイルスはhhv6、エプスタインバー、CMV 、細菌でいえばマイ
コプラズマといった厄介なものが多い。REDD患者の70% 以上が活性hhv6のキャリアであり、60% が活性マイコプラズマに感染している。健常者では両者ともに3%未満なのに。

 以上があらゆる形態のREDDに共通する徴候だ。それ以外の徴候は、フリーラジカルの氾濫という深刻な事態に、どの器官系が見舞われるかによってまちまちだ。脳組織がやられれば筋痛性脳脊髄炎になる。これは機能的に多発性硬化症との判別がむずかしい(多発性硬化症患者の60% 以上が活性hhv6とマイコプラズマのキャリアだ)。重度の慢性疲労症候群、関節リウマチ、湾岸戦争症候群、筋萎縮性側索硬化症もここに分類されると考えられている。その症状はいまでもcfid(慢性疲労免疫不全症候群)と呼ばれることが多いが、
正確にそう呼べるのは極度の衰弱を呈するケースだけで、いわゆる「ヤッピーうつ病」はこれに該当するとはいえない。

 この疾患の初期の徴候、つまり第1段階は、約5年間つづいて終息する。タンパク質合成能力が著しい損傷を受けて、皮肉なことに、アールエヌアーゼ自体を産生する能力をも失ってしまうのだ。すると、患者は第2段階に突入する。第2段階は約10年間つづく。その間、病態そのものは比較的静穏だが、身体活動がいちじるしく制限され、その世界でいうところの「機能的バブル」状態になって、1日2 〜3 時間しか活動できなくなることも
まれではない。幸い、ぼくはからだを動かさないライフスタイルの訓練を積んできたので、この中期の10年間は無事に過ごすことができた(それがほぼ1990年代に相当する)。

 さまざまな組織系の損傷が蓄積した結果として起こる第3段階が破局のはじまりだ。ようするに、37kD型アールエヌアーゼによる新たな一斉攻撃にさらされるのだ。感冒、インフルエンザ、発熱など、ちょっとした感染をみるたびに、からだがインターフェロンを産生し、インターフェロンが細胞にアールエヌアーゼをつくるように指令する。いうまでもなく、つくられるのはアールエヌアーゼの欠陥型で、その結果、ミトコンドリアの損傷をはじめ、さまざまな損傷をまねくことになる。

 その時期の基本的な徴候は「低酸素」、(ミトコンドリアの損傷によって)細胞が酸欠状態になるところにある。だから四六時中、窒息のような呼吸困難に襲われ、(文字どおり)寝たきり状態を強いられる。ここでもまた、ぼくにとっては幸いなことに、それがそのままメガ・メディテーションになる。肉体的な痛みは少ないが、からだが動かせないことからくる抑うつや悲嘆、心配といった症状が出るのがふつうなのだが。

 もちろん奇妙なことではあるが、そんな状態のなかでも、ぼくのスピリット−マインドは著作をつづけている。この深刻な段階のさなか(この半年)で、なんとか800 ページほどのものが書けた。しばしばベッドのなかでだが、それはたいした問題じゃない。

 ぼくにとっての悩みのタネはミトコンドリアの損傷それ自体ではなかった。いいがたい苦痛ではあったが、ミトコンドリアの損傷による苦痛にはかなりうまく対処してきた。(おもしろいことに、REDDは酸素消費系の器官に損傷をあたえ、無気性のシステムにはさほど影響しない。当時は知らなかったのだが、そのせいでぼくはジョギングをやめてウエイトリフティングをはじめたらしい・・)。

 悩みのタネはむしろ、REDDによるたった1回の(2回、3回の)日和見感染にあった。これまでにかかった最悪のインフルエンザのときを思い出してほしい。エネルギーの80% が奪われる。あの状態がつづくのだ。でも、ありがたいことに、その状態は半年かそこらしかつづかなかった・・。

 これまでに書いたことのほとんど(37kD型アールエヌアーゼの存在、ミトコンドリアの広汎な損傷、患者の70% 超がhhv6やマイコプラズマに感染していることなど)は、ここ5年以内に発見された事実であり、以前の報告でぼくがREDD自体について書かなかった理由もそこにある。それが「それ」であることを、以前のぼくは知らなかったのだ。それがなんであれ、ぼくはただ自分のダルマに対処していただけだった。

 5年まえ、ぼくがひどいブドウ球菌感染を起こしたことを覚えている人もいるだろう。あれはじつにひどかった。あのときは、ブドウ球菌が原因だといわれた。でも、医師がなんといおうと、それで完全に納得したわけじゃなかった。なぜなら、ブドウ球菌はあんなタイプの症状を起こす細菌じゃないからだ。いまふり返ると、あのときぼくが事実上、マイコプラズマの日和見感染を起こしていたことはたしかだ(マイコプラズマなら2種類の抗生物質を半年から1年つづければ治る。たまたまブドウ球菌に使った抗生物質がマイコプラズマに効いたのだと思う)。だから、ぼくが8カ月の抗生物質療法で治った理由は、それがブドウ球菌に効いたからではなくマイコプラズマに効いたからだった。

 とにかく、去年の春から、ぼくは慢性的に熱が出はじめ、ミトコンドリアが陰湿にも酸素を奪いつづけるその不快さと執拗さにつくづく悩まされた(けっこうクールなトリップではあったが)。いまは2種類の抗生物質の6カ月超コースの2カ月目だ。

 現在の医学では、REDDに関連する6種類のおもな日和見感染菌すべての検査ができるようになった。ぼくがかかえる問題はつねに、そのいずれかの菌に感染することなので、近い将来、すべての菌の検査を受けることになるだろう。そうすることで、ミクロのたわけ者どもを1つ1つ倒していくのだ。もちろん、慈悲をもってだが。

 環境中の毒性因子が有力な候補だとしても、アールエヌアーゼ損傷の引き金を引くものがほんとうはなんなのか、それはだれにもわからない。先週、ある研究者から聞いたのだが、ハーバード大学がREDDのレトロウイルスを発見したらしい。だとすると、それが犯人である可能性が高い。人から人へと感染するものではない以上、ぼくとしてはレトロウイルスが犯人であってほしいと願わざるをえない。というのも、もしレトロウイルスが犯人
だとすれば、HIVのばあいのように、タンパク質分解酵素抑制剤で病原をたたくことが多少なりとも可能になるからだ。まあ、いずれわかるだろうが・・。

 それはさておき、こでちょっと笑える話を提供しよう。はたしてぼくは、みずからこの病気になることによって自分に「教訓」をあたえようとしているのかどうかについて、ウジウジと悩んでいるのか? とんでもない。じゃ、どう考えているのかって? トレヤとぼくは5年間、彼女ががんになった理由について、いろんな人からいろんな話をきかされてきた。かれらは揃いも揃って、トレヤが霊性の面でなんらかの過ちを犯したからそうなったのだといっていた。ところが、かれらが挙げた理由の内容はまちまちで、互いに矛盾することばかり。唯一、共通していたのは、トレヤの内面にほんとうに起こっていることが自分にはわかっていると思いこむ、その増上慢。裏を返せば、トレヤに投影し、念押しするようにその投影をがんの原因として復唱していた、かれら自身の内奥にひそむ恐怖の感情だった。もちろん、あらゆる病気には霊的・知的・感情的な要因が存在する。だから、もしぼくの霊的・知的・感情的な要因について知りたければ、勝手に判断して私見をのべるのではなく、ぼく自身にきけばいい。ぼくがきみの意見を知りたいときは、必ずきみに質問すると約束する。さもなければ、他人に投影せず、自分の投影は胸にしまっておいてほしい。なにしろぼくはぼくで、すでにひとつの厄介な投影をかかえこみ、その始末に四苦八苦している。ほんとのところ、厄介事はひとつだけでじゅうぶんだ。

 とりわけ、いまのこの病状にあっては・・。

 ぼくのこの病状について、知人に伝えてくれることはいっこうにかまわない。機密事項でもなんでもない。事態を把握したとき、ぼくはその事態を隠したりしたことは一度もない。ただ、ぼくがよく「以前のブドウ球菌感染の後遺症だよ」」といっていたのは、この病気の説明があまりにも面倒だったからにすぎない。

 病状はときに良好、ときに不良といったところだ。大部分の時間は、ありがたいことに、肉体的な苦痛のなかからおのずと湧きおこる至福の空(くう)の海に燦然と輝くものと一体になっている。それ以外の時間は、苦痛する肉体があるだけ。どちらにしても、ぼくの「I」は自由で輝いているが、ぼくの「me」は疲労困憊していて、いわば、アイデンティティという通路のどちら側を使いたいのかという問題にすぎない。

 ありがたくないのは、感染しているあいだ、からだが思うように動かせなくなることだ。統合サイキセミナーや国際トランスパーソナル学会のセミナーをやむなくキャンセルしたのはそれが理由だった。セミナーなど、とてもできる状態じゃなくなってしまう。ときどき、これはトレヤの看病をしていたときに負った戦傷なんだと考えてしまうことがある。なんとかそう考えることで、苦痛に耐えようとする。でも、先にも書いたが、ぼくはあらゆる意味で、身に余る以上の祝福を受けているのだ。このこころは神のすべての、現在の、そして任意の時間のこころにつうじているのだし、天使たちでさえ、泣くことはあるのだから。

 諸君のやさしい見舞い、祈り、援助、贈り物、こころづかいに深く感謝している。正直にいうが、「I」と「me」に分裂しているときではなく、「I」が「I」の状態にあるとき、ぼくは完全に自由で、満ち足りている。それは嘘じゃない。肉体的な生活はあまり良好とはいえないし、そのことについても嘘をいうつもりはない。これ以上は耐えられない
と思うときもある。でも、いまは必要なものはすべて手にしている。ウィローをはじめとするインターンの連中が世話をしてくれるし、マーシーは強力なレイキ治療をほどこしてくれている。少なくとも、ものごとはいつもあるべきようにある。

 さほど具合がわるくないときは、書くことに集中している。コスモス3部作の残りを書きおえた。ぜんぶで1400ページほどになった。これから手を入れて、できれば多少濃縮する(あるいは適当なところで2分割し、前半を「2部」、後半を「3部」にするか)つもりだ。その後半部分は150 ページほどの抜き刷りにして、4部か5部のシリーズで発表する(この数カ月、感染に悩まされながら書いた800 ページがその部分だ)。抜き刷りAはすでにシャンバラ社のサイトに掲載した(統合方法論的多元論と統合ポスト形而上学)。
ところが抜き刷りBに手を入れているときに脱線してしまい、一部の友人にはすでに報告済みだが、パースペクティブ(観点)の問題につきあたった。セスのチャネリングものみたいにクールな、基本的には別の本で論じなければならないぶっ飛んだ問題だ。じつは、セスものよろしく、ぼくの部屋はいま、知覚ではなくパースペクティブによってコスモスを構築する「統合微積分学」からはじまる記述を書きなぐったリーガルパッド(黄色の罫紙綴り)があたり一面に散らばっているありさまなのだ。その一部は、スペンサー・ブラウンが唱えた「形態の法則」(ヴァレラがオートポイエーシス理論でこれを利用した)にも似た、微積分学そのものだ。ちがうのは、ブラウンが「主体が客体を見る」フラットランドのコスモロジーを使っているのにたいして、第1者、第2者、第3者(ホロン)が互いに互いを見ているというところだけだ。後者の立場に立てば、ある作用因が異質な者同士の交流しかない世界に無味乾燥な刻印をするようなコスモスではなく、真の有情の存在がそれぞれのパースペクティブをもつ、真のコスモスが得られる。この理論の一部にはじっさいに統合微積分学(数学)がふくまれるが、それはめくるめく、圧倒的にスリリングな世界だ。ともあれ、リーガルパッドの記述はすでに120 枚に達し、たぶん200 ページぐらい書けばものになりそうだ・・。それを独立した本にして、3部作の2部に手を入れる仕事ができればいいのだが。少なくとも抜き刷りだけは発表するつもりだ。統合パースペクティブ論については、数日まえから滞在しているデーヴィッド・デイダが全体像を検討してくれている。「これはぜったいにセスを超えてるよ・・」とかいっているが、それについてはかれ自身にきいてほしい(もしかれが「病人をよろこばせようと思って」などといったら、それはぼくには秘密にしてくれ)。

 さて、ありがたいことに、キーボードをたたくには指が2本あればいい。だから、肉体的な限界そのものにさほど参っているわけではない。1日に5 〜6 時間、執筆しているが、これにはボブとトムが大いに力を貸してくれている。あとはほとんどベッドのなかで、瞑想しているか動揺しているかだ。アイデンティティのどちらの通路を使うかで、そのいずれかがきまる。

 いうまでもなく、ぼくは検査と治療の組み合わせが功を奏して日和見菌がコントロールできるようになることを望んでいる。もしそうなったら、仲間と会うなど、肉体的な活動も再開できる。そうならなかったら、再開できないだけだ。メールは送りつづける。

 もう一度、諸君の愛とこころづかいに感謝する。正直、諸君をすぐそばに感じ、いっしょにいると実感している。愛をこめて。

ケン